第46話 呪いの根源
ペールは、部屋でトランペットのキーに油を差していると突然ミカエルから強引に呼び出された。挙句に連れてこられた廃墟ビルばかりの辺りをうんざりと見つめる。ニューヨーク屈指の治安が良いとは言えない地域である。その昔は産業化の流れで栄え、多くの集合住宅ができたが、開発計画の失敗により廃れ、長くスラム街になっていた。最近は行政が手を入れて以前よりはマシになったが、まだ治安が良いとは言い難い。
「ったく、、なんで俺がこんな目に。。
せっかくグラビア雑誌見ながらトランペットの手入れしてたのになあ。」
ペールは27歳前後の団員で、トランペット首席奏者の団員だ。軽薄だが容姿が良いのもあり女性関係が派手で、酒を好み、ちゃらけた点があるが、演奏には実力がある。軽薄な一方でどこか鋭い観察眼があり、たまに切れ味がある発言をする。
美しい金髪に、角度によっては金に見えるアンバーの瞳を持つフランス人の青年だ。
上背もリチャードと同じくらいありかなり背が高い。
「体格が良い若者に来て欲しかったんですよ。
今度何か奢りますからグラビアはまた後にして下さい。」
ミカエルは、人気があまりない中で、たむろする柄の悪そうな6人ほどがこちらを見ているのがわかり、早歩きする。
「おっ!!じゃあ、ホテルのバーで高いワインでも奢ってくださいね!、、ん?あそこ、怪しくないですか。
あのアパートだけ灯りがついてるけど変な奴らがたむろってないですね。それに、西の方のアパートの4階,ってライオネルがアキラさんに言った情報と合いますよ。」
ペールは少し先のアパートを指差す。
「、、、中に入らないとグレた集団かはわかりませんが、、入ってみますか。」
ミカエルは言うと、近くのあまり大きくない鉄材を拾う。
「あ、フェンシング経験あるんでしたっけ?レイピア代わりですか?」
ペールは治安が悪い地域だが臆す様子なく言う。
「まあ、そうですね。」
ミカエルは鉄材を握ると前へ歩を進めた。
少しまっすぐ歩くと、目的地に着き、4階へ上がる。
「サイモン、もう帰ろう。気持ちはわかるけど、ここでこうしていても何も解決しないし。
明日もまたコンサートあるんだし。」
4階のドアはしまっていたが、サイモンを落ち着いた様子で説得するライオネルの声がする。
「ライオネルは帰って良いって言ってるじゃん。俺はここから会場行くし良いよ。フルートと楽譜だけは持ってるし。」
「そんなわけにいかないだろ?
こんな埃まみれの廃墟で寝るつもり?眠れないで演奏するわけか?」
ライオネルは困惑した口調で返す。
「鍵も閉めずにこんな治安が悪い場所にいるなんて、不用心では?」
ミカエルがドアノブを引くと、ライオネルがドアの近くにいて振り返る。
「俺がさっき鍵を開けました。サイモンが帰ろうとしなくて。でも迂闊でした。すみません。」
赤毛とモスグリーンの瞳の、身軽な体格のライオネルがミカエルを見て言う。ライオネルはペールより少し下くらいの年だが、歳の割にはかなり落ち着きがある。
「、、人の家に勝手に上がり込まないでくれません?何の用ですか。あんたみたいな、お育ちの良い人が来る場所じゃないでしょ。」
サイモンはペールがミカエルに続いて入る間に、一部は破けて埃を被ったソファーに座り、玄関の灯り以外はついていない暗い部屋からこちらを睨む。
「、、アランさんが気にしていましたよ。自分が来たからあなたが気分を害したかもしれないと。、、あなたの家庭のことは知りませんが、気分を仕事に持ち込まないでほしいとあれほど、」
ミカエルが言いかけたところで、サイモンはこちらを訴えるようにきつく睨んだので、ミカエルは話すのをやめ、様子を伺った。
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