第166話
ビリーは、リチャードが1週間の休暇後にイギリスから帰国してから、親友の心身が心配で様子をずっと伺っていた。
リチャードがイギリス滞在中、ヨハンやカザリンとも連絡は取っており、家の取り壊しの心労から彼が倒れたのは聞いていた。ヨハンからリチャードが心身ともに回復したことも聞いてはいるが、今まで、身内の死や友人の死があるたびに酷く落ち込んできた様子や、演奏以外の時は精神的に脆いこともあり、ここ数日はリチャードからなるべく目を離さないようにし、おかしな行動にでないか、具体的に言うといつかのように車に飛び出すなどしないかは目を光らせていた。
心配しすぎだと言われたが、リチャードや自分も一緒にアンサンブルも組んでいて仲の良いミカエルや明にまでビリーはリチャードの言動に注意してほしいと頼んでいた。
帰国して楽団に復帰してから4日たつが、まだ不安は拭えない。約20年ぶりに眼鏡を外しコンタクトにしたらしい親友が、いつもとかわらない様子でホール付属のカフェでサンドイッチを食べるのを見ながら、ビリーは訝しんだ。
「お前、なんでいきなりコンタクトに戻したんだよ?、、妙に明るいのも気持ち悪いな。、、何か考えでもあるのか。」
ビリーは、彼の隣に座る、明と談笑しているリチャードに訊ねる。ビリーの訝しむ様子に、ビリーの隣で既に食べ終わり、タブレットで何か新聞記事を読んでいたミカエルも、ビリーとリチャードの様子をちらりと見始めた。
「、、考えって?別に今更女性と仲良くしたいわけじゃないさ。、、ブラームス がきちんと弾けたらカザリンにプロポーズするつもりだからね。私は彼女しか見ていない。
、、、外した理由は、、、一つはもう顔を隠す意味がないと思ったから。もうひとつは、もっと経ってから言うつもりだったけど、、最後くらいは素顔に戻ろうかなってね。
、、最後にはしないと思うけどね。また戻ってくると思うけど。」
「最期?、、お前、まさかまた変なことを、」
ビリーはリチャードを険しく見つめる。ミカエルは黙って二人を観察していたが、明が慌ててビリーを嗜めようと困り顔でこちらを見つめた。
「、、ビリー、まあ最後まで聞いてみようよ。まだなんか言いたそうだし。
、、最後って何?、、、まさか演奏やめんの?演奏大好きリチャードが?」
明がリチャードを見ると、リチャードは明とビリーを見つめながら、一口紅茶を飲んだ後、真面目な顔で話し出した。
「、、最期、、死ぬなんて一言も言ってないよ。明が言ったほうの、演奏を一時中断するって意味で言った。
、、ビリーには嫌な思いをさせたから、、心配するのは当然だけど、、私もヨハンのときのことはフラッシュバックするから、、お前に今はどんな気持ちをさせてきたか分かる。
、、ごめ、、、ありがとう、ビリー。いつも気にかけてくれて。相談に乗ってくれて。」
リチャードはビリーに謝るのではなく、微笑んで感謝を述べる。ビリーは、それでこの2歳下の、いつまでも危なっかしい親友が少しは安定したのだとわかり、驚きと安堵が混ざってため息をつく。
以前は不安定なところがある彼を心配すると、迷惑をかけているだのと謝るばかりで、感謝をされたことは少なかった。
「、、カザリンさんにケアされて、ヨハンに説教でもされたか?我ながら良いバランスで取り合わせられたかな。
、、演奏をやめるってなんで?まさかどこか悪いのか?」
ビリーは精神面については安心したが、明も言ったように、寝ても覚めてもヴァイオリンの演奏のことしか頭になく、何よりも演奏を生き甲斐にしてきたリチャードの決心の理由が不可解で、更に訊ねる。
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