第36話 焔1

リチャードが約束の時間にホテルのカフェに行くと、薄い茶色の髪に、少しだけそばかすがある男性が待っていて、立ち上がりこちらに丁寧に礼を取る。年はリチャードより少し若いくらいで同年代のようだ。身長や体つきはリチャードよりも小柄だが、リチャードは身長が高い方なので彼はアメリカ人としては一般的だろう。穏やかそうな人なのが雰囲気からもわかる。


「ザイフェルトさん、、でよろしかったでしょうか。初めまして。、、いつもジャニスをありがとうございます。お時間を頂き申し訳ありません。レイノルズです。普段と少し服などは変えてきましたが、、騒がれますから。」


リチャードは眼鏡をせずにコンタクトレンズに髪の分け目を変えて、服はいつもより色味を明るくして外出した。


「いえ、お忙しいでしょうに、わざわざありがとうございます。、、僕のせいで、ジャニスが取り乱したようで。ご両親から聞きました。」


ザイフェルトとリチャードは、リチャードが大きい手のひらを差し出す形で握手した。ザイフェルトに促され、リチャードは座ってから紅茶を注文した。


「、、滅相もない。、、ジャニスを傷つけたのは私ですよ。昔も、今回も。、、。


、、あなたがジャニスになさったことは大きい。彼女はあなたからのプロポーズを受けるべく自分自身の存在を知ろうと、記憶に向き合おうとしている。今までご両親が、医者が、私が支えてもできなかったことを、あなたは愛情で成し遂げた。素晴らしいことです。


彼女がヴァイオリンに挫折し、ショックから記憶をなくし、精神を壊したことはご存知かと思います。

でも、もし彼女が本当に記憶に向き合うなら、あなたは彼女をもっと知る必要があるし知る権利もある。


どこまで聞いていらっしゃるかわかりませんが、私は思春期の頃にジャニスの才能にも、他の男性と交流したことにも下らない嫉妬をして、彼女がヴァイオリンに関する全てを記憶から追いやるほど追い詰めたのです。自殺未遂をして、なんとか助かり目覚めた彼女は私の存在以外、ヴァイオリンの弾きかたすら忘れていた。。

私には贖罪の気持ちがあり彼女を定期的に訪問していた。彼女もまた、唯一自分が過去の中で覚えている私に縋ってきた。、、不健康な共依存です。私は妻を亡くしていますから、、共に依存してきたと思います。


、、、そして、私が彼女に何をしたか、彼女が全てを思い出したら?彼女は壊れかけ私を強く憎むと思います。あなたはそうすればきっと私を殺したい気持ちになるくらい憎むかもしれない。

、、私が憎まれるのは当然で憎まれるべきなので問題ではないです。自己防衛でここにきたのではありません。例えばこの両手を自ら切り落としてヴァイオリニスト生命を断っても、許されないことを私はしたのですから。


、、私が今日お呼びしたのは,あなたが彼女の闇を受け止められるかが聞きたかったから。今話した全てを知っても彼女と歩んでくださいますか?

、、彼女の治療も並大抵の負担ではないと思います。


彼女はあなたがフラワーアレンジのお仕事で出会った彼女の、感性に優れピュアで、ナチュラルで繊細な美しさを持つ面、、だけではない面もあります。」


リチャードはなるべく静かに話したが、自分としても思い出したくはないことを話しているのもあり、カップに添えた右手が震えてカップがカタカタ言うのが不快に思い、手を膝に置いた。


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