第12話 femme fatale

コンサートが終わり、団員たちが散り散りに帰りだしてから、ハンスはレイノルズに声をかけた。レイノルズは、レイノルズとは親交が長く、楽団で唯一の黒人奏者でアメリカ人の、チェロ首席のビリーと話していたが、ハンスが名前を呼んだので振り返る。


「ハンス。お疲れ様。、、今日は本気、、いや、本気以上で弾いていたな。あんなに周りに忖度せずに、私がヒヤヒヤするくらい主張して弾けるなんて。いつもは手を抜いてるな?」

レイノルズはコンサート前のやりとりを忘れたかのように、半分ふざけ、半分は真剣に諭すような口調で言う。


「手は一度も抜いてません。

、、でも、、あんな話を聞いて、動揺をどこかへやるには僕の全てを、ぶつけるしかありませんでした。演奏に。。演奏に集中するしか。約束です。僕はきちんと弾いたはずです。ジャニスさんの現在をご存知なら聞かせてください。、、会いに行くかは保留しますから。お願いします。」

ハンスは胸に片手を当て、軽く頭を下げて礼を取り頼む。


「わかった。礼を取るのはやめてくれ。私には話す義務があるし約束したことだ。

、、その代わり、、明るい話じゃない。酒でも入れないと話せないな。行きつけの店に個室があって。私も今日はこの後仕事もない。そこで良いか。」


「、、リチャード。ハンスに本当に話すのか?

、、俺も行こうか。」

ビリーはレイノルズを不安そうに見て話す。


「いや、私とハンスだけで、二人で話すよ。

ありがとな。」

レイノルズはビリーに微笑むが、ビリーは首を振る。


「、、見過ごせないな。ハンス、俺もジャニスとは親交があったし、ハンスとも飲んで見たかったし。行かせてくれるか?」


「?、、はい。もちろん僕は構いませんが。」

ビリーがやけに不安そうな様子にハンスは疑問を持ったが、返事をとりあえず返す。


レイノルズは二人の会話には口は挟まず、ハンスの返事を聞くと黙って先に出て行った。


レイノルズは迎えに来ていた黒いフォルクスワーゲンの助手席に乗ると、ハンスとビリーに後ろに乗るように言った。


「失礼します。」

ハンスは言って乗ったが、運転席に座る、グレーのスーツ姿の、自分とあまり年も、そして欧米では小柄な体格も変わらなそうな、やや視線が鋭い赤毛の青年を見た。


「レイノルズさんのマネージャーをしているマルク•エルンストです。お見知り置きを。」


エルンストは振り返り、微笑して名刺をハンスに渡す。


「ありがとうございます!ハンス•イッセルシュタットです。楽団の副コンマスをさせて頂いています。あの有名な音楽事務所の。」

ハンスも名乗る。


「マルク、家じゃなくていつもの店に。あと、帰りは私が自分で運転するから。帰って良いよ。」


「そう言うわけには、、、。では、タクシーを呼べるよう手配しておきます。」


「いらないと思うけど、、まあわかったよ。じゃあ私たちを下ろしたら車はうちの車庫に戻して上がってくれ。」


「わかりました。」


ハンスが二人のやりとりを不思議に思い見ていると、ビリーが耳打ちしてきた。


「エルンストはな、あんな身軽だけどボディーガードも兼ねてて体術も銃の腕前も抜群さ。前にリチャードがストラティヴァリ目当ての強盗に襲われたときは凄かった。」


「えっ!!そうなんですか!あんな小柄なのに。。」

ハンスは驚いてまじまじとエルンストを見た。

二人の会話は聞こえたらしく,エルンストに横目で見られたので二人は黙る。


「、、だけどな、マルク。2度とあんな真似するなよ。私を庇って怪我するなんてな。次にやったら私の担当からは外すからな。」

レイノルズの良すぎる耳にも聞こえたらしく、レイノルズがエルンストに言う。


「またそのお話しですか?当たり前でしょ。あなたは要人だしストラティヴァリも、」


「お前は人の命に値段をつけるのか?

ストラティヴァリや私の命は、お前の命より高いと?」

レイノルズが口調をきつくし、ハンスはびっくりしてレイノルズを見る。ビリーは黙って二人を観察していた。


「、、そんなことは言ってません。」

エルンストはため息をついてから呆れ口調で返す。


「、、私は守られる資格がある人間じゃないんだから。」

レイノルズがぼそりと微かな独白で言った言葉をハンスは聞き取れてしまい、レイノルズを思わず凝視する。

エルンストもレイノルズを睨み、言葉を探しているようだ。


(え??何を言って。。。エルンストさん、レイノルズさんを庇ってそんなに酷い怪我をしたのかな?)


「リチャード、ハンスはあんまり強くないんだろ?お前はうわばみだけどペースは考えろよ?」


ビリーはレイノルズがジャニスの件でやはり落ち込んでおり、ハンスの前で自虐的になったのを聞いてわざと関係ない話題を振る。


「!!、、、わかってるさ。お前こそ久しぶりに一緒に飲むからって調子に乗ってハンスを困らせるなよ。」


レイノルズが我に返ってビリーに答えるのを見て、エルンストは安堵して店の前に車を停めた。



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