第184話

ヨハンは、ボストンでの依頼されたライブの後、ライブハウスの裏手にメンバー3人で行き、自分への来客に会いに行った。

メンバーは5人だが、うち2人にはライブハウス内でまだヨハンたちのパフォーマンスに沸いている客たちを相手してもらっている。


今日来てくれたのはなんとミカエルで、有名フルーティストで端正な容姿もかなり目立つミカエルは、眼鏡とマスクをしていつもと印象を変えていた。ミカエルは自分がボストンの有名楽団にソリストとして呼ばれて明日演奏なのだが、ヨハンもボストンにいることを父から聴いてライブに来てくれた。事前にヨハンにはチャットで連絡があり、人気がない裏口に終演後いることも連絡してくれた。


「シュ、、、ミカエルさん。来てくださってありがとうございます。お忙しいのに。」

ヨハンはミカエルの素性がバレてジャズバンドのメンバーが騒がないようにというだけでなく、満員でまだ中でざわついている客たちが殺到しないように、ミカエルの苗字でなく名前を慣れない口調で呼ぶ。


「眼鏡とマスクでわかりづらいけど随分かっこいい人だね。ベルリンの知り合いか?」

アクセルが彼女より少しだけ身長が高いミカエルを見上げて言う。


「そうなんだ、、その、、友達のお父さんで。」

ヨハンは、父の友人と言うとミカエルの素性がバレそうで、嘘ではないが普段ならしない表現で紹介する。ミカエルの息子で今は音大生のベネディクトはヨハンの友人だ。ただ、出会いとしては父の仕事仲間のミカエルの息子としてベネディクトとは知り合った。


「ヨハン、お疲れ様。

セッション、とても良かったですよ。

ベルリンにいた頃は貴方がクラシックを弾くのしか聞いてなかったから。新鮮でしたが、、他4人が勢いや熱量で盛り上げる中,ヨハンはロジカルなアプローチでしたが、それが逆に5人でのセッションの幅を広げる一因になっていて。


貴女のピアノも素晴らしかった。

何にでも余裕を持って対応できる技術と、、熱量がね。」


「へえ。耳良いんだ。凄いな。ここまで分析して鋭く聞いてくれるなんて。

ミカエルさん、なんか音楽やってるの?」


ヨハンは、事情を知らないアクセルの、ミカエルの素性を考えればかなり失礼な発言にヒヤヒヤしたが、ミカエルは全く気にする様子もなくアクセルを見つめた。


「趣味でフルートをやってまして。

それなりに聴くのも好きなんです。

それから、、君。サックスとクラリネットの。」

ミカエルがマグナスにだけ言及しなかったので、ヨハンもマグナスも何を言われるか緊張しながらミカエルを見た。ミカエルはマグナスにやはり思うところがあるらしく、いつも冷静で静かな視線が変わって、切れ長の瞳が鋭くなり、それだけではなくミカエルにしては珍しく少し怒りまで感じられる表情を宿していた。


「は、はい、、いや、、すみません、フルートやってらっしゃるなら木管詳しいですかね?かなり音楽お聴きになるみたいだし。、、う、上手くはないのはわかってます、ジャズは好きなんですけど。」


「上手い下手以前の話かな。

あれで、音楽や楽器が好きなんですね。君は。

、、好きなのが伝わらなかったです。

、、、君がどういうつもりなのか純粋に興味がある。何がしたいんです?」


ミカエルが珍しく口調まで棘を持たせてマグナスに詰め寄るので、ヨハンは慌てて間に入る。

性格が激しい父であればこんなことは良くありそうだが、冷静沈着なミカエルの不機嫌な様子は初めて見た。しかも、マグナスの演奏は今日も絶好調で、楽器のスムーズな持ち替えも、臨機応変なアドリブも、技術面も高いクオリティだった。いくらミカエルが一流奏者とはいえ、何に怒ったのか、率直なミカエルにしては随分曖昧な表現もあり余計にわからない。


特に、ミカエルはやる気と適切なレッスン料さえあれば、筋が悪かったり初心者さえも熱心にレッスンしてくれるとも噂で聞いている。アマチュアにも真正面から付き合うのがミカエルだ。

筋が良くないと早々に本人のためと告げて、レベルにあった人に師事できるよう紹介する父とも、それもせず見放すアマチュアに不誠実なプロとも違う。だから、ミカエルは理不尽な理由では怒らないはずだが、今夜ミカエルは理不尽に怒っている。


「ミカエルさん?、、マグナスも一生懸命演奏はしてるので、お耳汚しだったかもしれませんが許して下さいませんか。

、、それに、お言葉ですがマグナスは上手いですよ。アマオケでソロやっても必ず指揮者やお客様からも褒められるし、、ミカエルさんがよく知ってる、同じ会社の人も、マグナスを上手いと言ってました。」


ヨハンは、父の名前は出さずに暗示しながらマグナスを庇う。


「、、、上手い下手以前と言ったのがわかりませんでしたか。確かに、、彼やあなたならごまかせたかもしれないけどね。

私は管をやってるので。」


「、、ご不快に思われたなら申し訳なかったです。

、、もっと練習しますね。がんばります。」


マグナスはミカエルに気圧されたのか、何なのか、理不尽な怒りを向けられたのに反論せずになぜか下手に出る。ヨハンはミカエルが引き下がらずに困っていたが、アクセルが一歩出てミカエルを見上げて啖呵を切る。


「、、黙って聞いてればさすがにあんた失礼じゃないのか?聞いて不愉快なら帰れば良いだろ。絡むなら表に出ろよ。好きなだけあたしが議論してやるけど。」


「アクセル抑えて。

、、マグナスもどうしたのさ?演奏だから感性に合わなきゃ批判されたりはするだろ。、、ミカエルさんも、、合わなかったようですみません。僕駅まで行きます。一緒に、」

ヨハンは3人に言い,取り持とうとしたが、逆にミカエルは一歩詰め寄ってくる。


「ヨハンは戻っても大丈夫です。

あとアクセルさん、貴女と議論は望んでません。


、、君は安易に謝るなんて自覚があるようで。

私はああいうやり方は一番嫌いでね。、、君の名前は覚えたので。次はああではないことを願います。」


ミカエルはヨハンの困り顔もあってかようやく引き下がり、マグナスを相変わらず睨んだまま、一歩下がり話をやめた。その後いつもの表情に戻りヨハンに挨拶してから、夜道へ踵を返して歩いて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る