第181話

リチャードとジャニスが当然のように演奏しつつ、たまに意見交換する横で、ハンスとビリーが当たり前のように自分のパートを練習するのを見て、明は、自分とハンスの間で固まっているライオネルに耳打ちした。


「ねえ、、これやっぱりおかしいよな?

おかしいよね?あの2人うん十年前とは言えやばい破局の仕方したんだよね、、。やっぱりおかしいだろこんなの、、。なんで俺が巻き込まれるんだろう、、平和に暮らしたいだけなのに。」


「俺に言わないで下さいよ。おかしいと思いますけど、、。ヴァイオリンはたくさん候補がいるからまだしもヴィオラって貴重だし仕方ないんじゃないですか?中本さんはレイノルズさんと出会ったのが運の尽きですよ。

俺と違って中本さんはレイノルズさんから友達扱いだから。きっとこの先も好きに使われます。」


ライオネルは冷たく返すと、ようやく弓に松脂を塗り始めた。


「何言ってんの、同じ穴の狢じゃん。

、、ハンスもジャニスさんが好きなんだろ?

ライオネルなんとかしてよ!音楽への意見対立以外でギスギスしたりしたくないよ!」


明はジャニスとリチャードが話しているのをハンスが見つめているだけでも不安になってきて、ライオネルにさらに耳打ちする。


「なんで俺がなんとかするんです?そこは中本さんがなんとかするんでしょ?気難しいミカエルさんとも上手く付き合ってるし適任ですよ。なんか起きたらお願いします。」


「人を猛獣使いみたいに!、、俺はほら、身体も弱くて繊細だし。ここはリチャードとも同郷で、若くて元気なライオネルに任せた。」


「こういうときだけ病気アピールやめて下さい。

それと、同郷じゃありません。レイノルズさんはハムステッド、俺はリバプール。あんなスノッブと一緒にしないで。

猛獣使いじゃないですか。レイノルズさんとミカエルさんと付き合えて、最近はハンスに懐かれてますもん。なりたくはないけど尊敬はします。」


ライオネルは嫌味な微笑みを浮かべて言うと、ヴァイオリンを弾き出した。


(はあ、、なんであの当事者3人は普通にしてるんだ、信じられない、、だいたいリチャードってカザリンさんにプロポーズして、落ち着いたら小規模だけど挙式もするんだよな。

、、ジャニスさんとヨリが戻らないって言い切れんのか?わけわからん、、リチャードはいつもわけわかんないけど、、。)


明は、業界でも一部には知れている、ジャニスの自殺未遂によって終わったリチャードと彼女の青春の烈火のような恋仲と、こちらは楽団の人間しか知らないが、ハンスがジャニスに強い執着があることが不安で、自分もヴィオラを弾きながら何か起きたら嫌だと気分を曇らせた。


「あなたがアキラ•ナカモトさん?」


「えっ!!あ、あああ、、すみません、弾いていてびっくりしちゃって、、ヴィオラの中本明です。アキラ、で大丈夫ですよ。

、、ジャニス•ヴェルレーヌさんですよね。初めまして。お噂はかねがね聞いています。ヴァイオリンも素晴らしいのに、作曲も巧いなんて。

、、その、、音楽活動を再開されているの知らなかったので、共演できて光栄です。」


明は立ち上がり、いつの間にかこちらに来たジャニスに自分から手を差し出す。ジャニスは明より少し大きい程度の手で、明より10センチ高い身長からすれば決して手は大きくないようだ。


(驚いた。手が身長が低い俺と変わらない。小さい手だけどあのリチャードに匹敵していたなんて、、。)


「リックがアキラのヴィオラをとても褒めていて。貴方がずっと気になっていたの。、、よろしくね。かなり若く見えるけど、、リックから私と同い年って聞いたわ。本当?」


「それはありがとう。今年で44ですよ。背も小さいし、アジア人はヨーロッパだと若く見られがちですね。」

明は、今回はジャニスとビリーがアメリカ人、リチャードとライオネルがイギリス人、ハンスはドイツ人、明が日本人というメンバーなので一同は英語を使っていたので、あまり得意ではない英語で久しぶりに話す。

語学はあまり得意ではないが、在独20年以上でドイツ語はさすがになれたのに、学生の時から苦手な英語は一向に辿々しい。


「ええ!!、、信じられない!本当に同い年なのね!、、10才くらい下に見えたわ。同じ年ならそんなに堅苦しくなくて良いの。今後も弦楽の曲は書くから、、アキラにはまた弾いてもらいたいし。音出し聞いていたけどヴィオラらしい渋さがあるのに、しっかり響いて素敵!」


「あはは、、ありがとう、ジャニス。期待に答えられるよう頑張るよ。

難しそうだけどやりがいがありそうな曲だ。

宜しくね。」


明がジャニスに返すと、ジャニスは微笑んで、ライオネルとも軽く話してから席に戻った。


「懐かれてますね。尊敬します。なりたくないけど。」

ライオネルに呟かれ、明はライオネルを横目で見つめた。


「2回も嫌味ったらしく言わなくて良いよ、、。ジャニスさん、また俺を呼ぶ気満々だ、参ったな、、。こんな難しい曲ばっかり書くのかな。。」


明は楽譜を見ながら、この個性の強いメンバーで難曲がまとまるのか想像ができずに呟く。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る