2-3 魚田ミズキ

 初日に一緒にお昼を食べて以降、私は毎日のように魚田さんと一緒にお昼を食べるようになった。

 タイムトリップ前は、昼休みが始まると同時にお弁当を抱えてトイレに向かっていたけど、今では教室でゆっくりと食べることができる。


 ――脱便所飯、脱ぼっち生活。


 なんて素晴らしい響きだろう。私の高校生活は、順調に回り始めていた。


 しかし、そんな日常も始まって幾日も経たないうちに、わずかな陰りを見せ始める。

 昼休みが始まってすぐ、魚田さんがそそくさとどこかへ行ってしまうことがあったからだ。まあ、しばらくすると教室に戻ってきて、私と一緒にお昼を食べてくれるから、別に問題はないんだけど。


「ごめんね、待たせちゃって」


 今日も彼女は、昼休みが始まって10分ほど経ってから、私のところにやって来た。


「ううん、別に大丈夫だよ」


 待たされること自体は本当に気にしてないんだけど、いつもどこで何をしているのかは気になっていた。

 前に一度、本人に直接尋ねたことはあるものの、「別にたいしたことじゃないから」と、はぐらかされてしまった。友達だからって、なんでも隠さずに話す必要はないんだけど、ちょっとモヤモヤするところはある。


 だが、それから何日か経って、その理由は判明することになった。それは、ある授業終わりの休み時間のこと。


「魚田さん、ちょっとジュース買ってきてよ」


 魚田さんに声をかけたのは、同じクラスの女子生徒、染山そめやまさんだった。


「えっ、今から? でも、もうすぐ休み時間終わりそうだし……」


「大丈夫だって、急げば間に合うよ。いつものやつでいいからさ」


 そのとき初めて、私は魚田さんが同じクラスの女子グループからパシリにされていることに気づいた。

 染山さんを始め、茶田ちゃださん、峰須みねすさん、ほりさんは、ノリのいい女子四人組で、このクラスの中心的なグループだ。

 今の段階でもそうだが、しばらくすると、さらにクラスの中で幅を利かせるようになることを、私は知っている。


 先ほどの染山さんの口ぶりからして、これまでもずっと魚田さんは、あの女子グループからパシられていそうだ。たぶん昼休みに姿が見えなかったのも、彼女たちにジュースを買いに行かされていたとか、そんなところだろう。


 ……それはそうと、この状況、やっぱり助けた方がいいよね? 

 一応……友達として。

 でも変に私が出ていって、事態が悪化するのも良くないし……そもそも、こういうときどうすればいいのかも、よくわかんないし……。


 そんなふうに、何もしない言い訳を頭の中で並べているときだった。


「やめといた方がいいわ、次の授業はあの銀城ぎんじょう先生よ。あの先生厳しいから、授業に遅れてきた生徒がいたら、きっと問題になるわ」


 口を挟んだのは、このクラスの委員長、酒井さんだった。


「ほんと、委員長はまじめだなー。まあもう時間ないし、今回はいいや。また昼休みによろしく」


 酒井さんの言葉に、しぶしぶながら納得した染山さんは、ゆっくりと自分の席に戻っていく。

 こうして、酒井さんの助け舟のおかげで、この場は丸く収まる形となった。


 すごいなあ、酒井さん。

 ああやっていつも、クラスの問題を上手いこと解決しちゃうんだもん。

 やっぱり委員長やってるぐらいだし、人間できてるよ。

 あの人間性に加えて、成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能と、三拍子揃ってるんだから、この世は不平等だよ。

 天はいったい何物を与えるんだって話だよね。


 こうやって、酒井さんの素晴らしさを並べ立てることで、何もできなかった不甲斐なさを誤魔化している自分が、なんとも情けない。




 その日の昼休みが始まると同時に、私は魚田さんのもとへと向かった。


「いつも染山さんたちに、ジュース買いに行かされてたんだね」


「うん、ごめんね。今日も行かないとだから、ちょっと待ってて」


 そう言って席を立とうとする彼女を引き止めるように、私は言葉を続けた。


「行かなくていいよ。先生に相談したら?」


「でも、あまりおおごとにしたくないし……。別にジュース買うぐらい、たいしたことないから。一応お金は払ってくれてるし」


「じゃあ、私も一緒に行くよ」


「いや、それは悪いよ」


「大丈夫、どうせひとりで待ってるのも暇だし」


 私が気づいてなかっただけで、きっとタイムトリップ前も、魚田さんは染山さんたちにパシられていたんだと思う。


 そういえば、高二になってから、魚田さんは学校を休みがちになっていたっけ……。ちょっと体調を崩してるだけかな、ぐらいに思っていたけど、もしかしたらこれが原因だったのかもしれない。


 ということは、このままこんな使いっ走りにされている状況を続けていたら、あのときと同じ道のりをたどってしまうんじゃないだろうか。

 魚田さんへの要求がこれ以上酷くならないように、私がなんとかしないと。

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