5-4 身長は正義

「二人とも、牛乳ばっかり飲んでるねー」


 ある日の昼休み、ミドリは麦茶を片手に、私とウメコに向かって投げかける。


「だって美味しいんだもん。ね、ウメコ」


「私は身長のためだけどね」


 ウメコは少しでも身長を伸ばすために、毎日牛乳を飲んでいるらしい。もっと純粋に、牛乳の味を楽しめばいいのに……。


「牛乳飲んだからって、そんなに背が伸びるもんなの? ぜんぜん効果が出てるようには見えないんだけど?」


「できることはすべてやる。最善を尽くすことに意味があるの」


 しばらく一緒に過ごしてわかったけど、ウメコは何に対しても真面目で努力家だ。自分の身長にすら妥協を許さない姿勢には、素直に尊敬の念を抱く。


「でもさ、リベロになりたいなら、別に身長いらなくない?」


 ミドリの言う通り、たしかリベロはバレーボールのポジションの中では、そこまで高い身長が必要とされていなかったはずだ。


「たしかに、リベロは私の尊敬する選手のポジションだし、私も一番好きなポジションだけどね。だからと言って、ほかのポジションをやりたくないわけじゃないのよ。私が目指すのは、サーブもレシーブもブロックもスパイクも、すべてを完璧にこなせるオールラウンドプレーヤー。いろんなポジションをやるなら、身長が高い方が有利でしょ?」


 さすがは完璧主義のウメコ。ただレギュラーを目指しているだけの私なんかより、はるかに高い目標を掲げているようだ。


「まあ、バレーボールにおいて、身長は正義だからねー。ウメコも、ムギぐらい大きくなれるように、せいぜい頑張りたまえよ」


「大丈夫だよ、わたし牛乳あんまり飲まないけど大きくなったから、ウメコちゃんもきっと自然に背が伸びるよ!」


 ミドリの発言を受けて、ムギは緑茶を飲みながら、根拠のない励ましの言葉をかける。


「ムギ、それじゃあウメコの努力全否定だよ」


「ええっ! 別に牛乳飲んでも無駄って意味じゃないからね!」


 ミドリはムギの天然発言に笑いながらツッコみ、ムギは必死にウメコに弁解していた。当のウメコは、ムギの発言を特に気にしていない様子だった。ムギの言葉には不思議と悪意を感じないから、何を言われても許せちゃう気持ちはわかる。


「まあ、たとえ背が低くても、練習量でレギュラーの座を掴んでみせるわよ。今日からようやく本格的に練習も始まるしね」


 入部から一ヶ月ぐらいは、ひたすらグラウンドを走らされ、二ヶ月目はダッシュやジャンプなどの基本動作をとことん体に叩き込まれた。

 そして三ヶ月あまりが経過した今、ついに一年生も体育館でボールを使った練習を行えることになったのだ。


「そうだね、今日からみんなで頑張っていこー!」


 ミドリの元気のいい掛け声が教室中に響き渡って、ちょっと注目を浴びたので恥ずかしかった。でもこういう「みんなで一緒に頑張ろう」って感じのノリは、なんか青春っぽくて悪くないなあと思った。




「さあこーい」


「あっごめん、変なとこいっちゃった」


 私たち一年生は、体育館で二人一組になってパス練習などの基礎練習を始めた。経験者のミドリとムギが、初心者のウメコと私、それぞれの相手をしてくれる形だ。私たち四人以外の一年生も、外での基礎トレーニングのときと比べて、今日はけっこう練習に来ていた。


 ちなみに茶田さんに関しては、基礎トレーニングにも数えるほどしか参加しておらず、今日もここには来ていない。

 茶田さん以外にもそういう部員は何名かいて、そういう練習や試合にストイックに取り組まない人たちは、エンジョイ勢として位置づけられている。二、三年生にも当然そういう人たちは存在するし、それをほかの部員は特に気にしていなかった。

 真面目に練習や試合に取り組むも良し、ただ純粋にバレーボールを楽しむも良し、というのがこの部の方針であり、いいところなのだ。


 練習メニューは、パス練習のほかにも、サーブやレシーブ、スパイクなどもあり、初心者の私とウメコはぜんぜん上手くできなかったけど、それでも、ミドリとムギの手厚いサポートのおかげで、なんとか練習をこなしていった。


 そんな練習の日々がしばらく続き、私とウメコもバレーの基本的な動きはだいぶこなせるようになっていた。もちろん、試合形式の練習では二人とも、てんでダメダメだったけど……。


 一方でミドリとムギは、上級生たちに混じっても違和感がないぐらいには上手かった。特にムギに関しては、一年生の中でも一番背が高かったので、それを存分に活かしたプレーで活躍していた。やっぱりバレーボールにおいて、身長は正義らしい。

 そんな折、銀城先生は部員に集合をかけた。


「みんな集まったな。じゃあ次の大会のメンバーを発表するぞ」


 毎回大会が行われるたびに、レギュラー6人と控え6人の、合わせて12人が大会メンバーとして選ばれることになっているらしい。

 銀城先生の口から、実力のある二、三年生の名前が次々呼ばれていく。一年生にとっては初めての大会なので、やはりメンバーは上級生が中心になりそうだ。当然だけど、まだバレーを始めて数ヶ月程度の私が選ばれることはないし、そもそも期待もしていない。

 そんな中、ただひとりだけ一年生で大会メンバーに選ばれたのが、ムギだった。


「ムギ、やったね」


「うん、まあ控えメンバーだから試合に出るかはわからないけどね」


「それでもすごいよ、一年生の期待の星だね」


 私たちはみんな、ムギのメンバー入りを祝福した。特にミドリは、自分のことのように喜んでいた。本当は自分も選ばれたかったはずなのに、友達のことを心から祝福できるミドリの姿がちょっとだけ眩しく見えた。

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