5-3 基礎トレーニング

 翌週の部活開始のタイミングで、顧問の銀城先生はバレー部員に集合をかけた。集まった部員のうち、一年生は見たところ私たちを合わせて十数人ぐらいのようだ。


「今日から一年生も部活に加わることになる。というわけで、全員自己紹介を――」


「すみませーん、遅れましたー!」


 銀城先生の発言を遮るように、遅れてひとりの新入部員が登場した。なぜその人物が新入部員だとわかったかというと、それが顔見知りの人物、同じクラスの茶田さんだったからだ。


 そういえば、茶田さんってバレー部だったっけ。

 あんまり真面目に部活をやってる印象がなかったから、すっかり忘れてたよ。


「おう、元気がいいな。こっちに来い、ちょうどこれから自己紹介してもらうところだ」


 銀城先生は、遅刻してきた茶田さんを叱ることはせず、相変わらず高笑いしながら手招きしていた。

 まあさすがの銀城先生も、初日から新入部員に対してそんなに厳しくはしないか。


「じゃあ改めて、一年はひとりずつ前に出て、名前と希望のポジションを言うように。特にポジションの希望がなければ、好きな食べ物でも発表しておけば良し!」


 こうして、バレー部の新入部員が出揃ったところで、ようやく自己紹介が始まる。

 同じクラスのメンバー以外は、始めて見る人ばかりだったので、正直まったく名前を覚えられなかった。

 とりあえず、ミドリはセッター、ムギはミドルブロッカー、ウメコはリベロを希望しているらしいということだけは、なんとか記憶した。まあバレーボールの知識に乏しい私には、あまりイメージは湧いていないけど。

 ちなみに茶田さんの好きな食べ物は、クラムチャウダーらしい。


「よし、全員終わったな。じゃあ二、三年生はいつも通り練習にかかれ。一年生はしばらくは基礎トレーニングだ」


 一年生の自己紹介が終わると、銀城先生の号令で二、三年生は練習を開始した。


「そうだ、一年生諸君にひとつ言っておく。練習は基本自由参加だ、休みたいときは勝手に休んでもらって構わん。試合に出すメンバーも練習の参加状況は加味せず、実力のみで決めるからな。まあ素行不良のやつは、さすがに試合には出せんがな、はっはっは」


 銀城先生が顧問だから、バレー部の練習も厳しそうなイメージだったけど、思いのほか緩い感じで驚いた。茶田さんが、あれだけ部活を休んでいた理由がわかった気がする。




 その日から、私たち一年生は基礎トレーニングに励んだ。体育館は二、三年生が練習に使っているので、一年生はグラウンドをひたすら走らされる。

 そんな感じだから、新入部員のうち約半数は部活に顔を出していなかった。そんな中でも、私とミドリ、ムギ、ウメコの四人は、毎日のように部活に参加していた。


「ほらほら、もっと早く走んないと体力つかないよー」


 ミドリは体力が有り余っているようで、私たちを追い抜くときに、いつも元気よく声をかけてくる。そして、ミドリを追いかけるように、ウメコが私たちの横を通過する。体力のない私とムギは、常にペースを合わせてゆっくり走っていた。


「ミドリは相変わらず元気だねー」


「中学の頃から、ずっとあんな感じだよ、ミドリは。それについていってる、ウメコちゃんもすごいよね」


「ムギだって、あのミドリにいつも付き合ってあげてて、尊敬するけどね」


「逆だよ。ミドリがいつも、わたしに付き合ってくれてるんだよ」


「そうかな? 強引なミドリに、ムギが付き合わされてるようにしか見えないけど?」


「そんなことないよ。バレーを始めたのだって、ミドリはわたしに付き合ってくれただけだしね」


「絶対、逆だと思ってた……」


 ミドリの性格からして、自分の大好きなバレーボールに、ムギを無理やり誘ったんだと思ってたのに。


「わたしね、小学生の頃から背が高くて、目立つのが嫌だったんだ。それで、中学ではバレー部に入ることにしたんだよ。ほら、バレー部ならみんな背が高いから目立たないと思って。でも、ひとりだと不安だったから、無理言ってミドリに一緒に入ってもらったんだよ」


「そうだったんだね。てっきり、ムギの身長がバレーボールに有利だから、戦力としてミドリが勧誘したのかと思ってたよ。ほら、ミドリって見るからにバレー大好きっ子な感じだからさ」


「たしかに今となっては、何となく続けてるだけのわたしなんかより、ミドリの方がよっぽどバレーに入れ込んでる感じはするよね~」


 私の横を走るムギは、体を弾ませながら、小さく笑っていた。結果的にミドリのバレー熱が高まったけど、始めたきっかけは、ムギのためだったのか。


「なーに楽しそうにおしゃべりしてんのー? まさか、あたしの噂話とか?」


 噂をすれば何とやらで、再び私たちを周回遅れにしたミドリが勢いよく現れ、会話に割り込んできた。


「ミドリも案外いいとこあるね、って話だよ」


「なにそれ詳しく!」


 自分に関する話題とあって、私の言葉にミドリは興味津々だ。すると私たちの横を、我関せずのウメコが颯爽と通り過ぎる。


「あっ、また後で聞かせて!」


 ウメコを追いかけるように、再びミドリはスピードを上げて走り出した。そんな二人が遠ざかっていく姿を、私とムギは追いかけることもせず、ただ微笑ましく見送るのだった。

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