5-2 ミドリ、ムギ、ウメコ
「入部届け、ちゃんと書いた?」
「ばっちり」
放課後。私はバレーボール部に入部するため、記入済みの入部届けを鞄に入れて席を立った。
「じゃあ、体育館までレッツゴー!」
「相変わらず、ミドリはテンション高いね~」
「ムギが落ち着きすぎなんだよー」
「いや、絶対ミドリが落ち着きないだけだと思う」
「もう、ウメコは辛辣だなー。ほらもう行こう!」
私たち四人は、一緒に体育館へと向かう。ミドリが先頭を歩き、少し遅れてウメコ、その後ろからムギと私が並んでついて行く形となった。
「そういえば、ミルクはバレー経験者?」
「いえ、まったくの初心者です……」
振り向きざまのミドリに尋ねられて、私は遠慮がちに答えた。今回は、完全に勢いだけで入部を決めたからなあ。
「そっかー。ちなみに、あたしとムギは、中学でもバレー部だったんだー」
「そうなんだね。……私、未経験でついていけるかな?」
今さらながら、ちょっと不安になってきた。
「大丈夫、実は私も初心者だから」
意外なことに、ウメコも高校からバレーボールを始めるようだ。同じ境遇の人がいるという事実だけで、ちょっと安心できた。
そんなこんなで、わちゃわちゃ談笑しながら歩いていると、あっという間に体育館に到着した。
体育館は半面で区切られており、向かい側はバスケ部、手前側はバレー部が使用する形のようだ。バレー部側では、すでに二、三年生たちが練習を始めるためにネットやボールの準備をしていた。
「ほら、あそこにいるのが顧問の銀城先生だよ」
ミドリの視線の先には、校内でも一、二を争うくらい厳しいことで有名な女性教師、銀城先生が仁王立ちしていた。
「じゃあ、入部届け渡してくる」
私は少し緊張気味で、ひとり銀城先生のもとへと赴く。
先生は、そばまで行くと見上げるほどの背丈で、かなりの迫力があった。そのすらっとした体系も相まって、もし昔バレーボールをやってたとしたら、相当活躍してたんだろうなあと容易に想像できた。
「あの……すみません、バレー部に入部したいんですけど……」
私はへっぴり腰になりながら、記入済みの入部届を差し出す。
「おう、新入部員は大歓迎だ。一年生は来週から部活に参加することになるが、今週も自由に見学してくれて構わんぞ」
入部届けを受け取りながら、銀城先生は終始高笑いしていた。厳しそうな人だと思っていたけど、明朗闊達な雰囲気で案外話しやすい人なのかもしれない。
何はともあれ、入部届けを無事に提出することができた私は、即座に踵を返してミドリたちのもとへと舞い戻った。
「今日は、この後どうする? 一応、練習見てく?」
「そうだね、せっかくだし、ちょっとだけ見学しよっか」
私たちは、なんとなくその場の流れでバレー部の練習を見学することにした。
声を張り上げて練習する先輩たちを、四人は体育館の二階から横並びで眺める。向かいの半面では、バスケ部の練習も始まっており、ボールを床に打ちつける音に混じって、シューズと床が擦れるキュッキュッという音が不規則に耳に届いてきた。
「そういえばさ、ミルクはなんでバレー部に入ろうと思ったの?」
騒がしくなった体育館の中でもはっきりと聞き取れる声量で、ミドリが私に尋ねる。
「うーん、とりあえず運動部に入りたかったから……かな? あと、バレーってけっこう楽しそうだし」
今言った理由も、一応嘘ではない。でも、数ある運動部の中からあえてバレー部にしたのは、同じクラスにミドリたちがいたからだ。この三人のグループに混ざるために、私はバレー部を選んだ。
まあ登校初日の私には、クラスメイトがどの部活に入ったかなんて、本来知り得ないはずの情報だから、余計な問題を生まないために黙っておくけど。
「バスケでもテニスでもなくバレーを選ぶとは、ミルクさんお目が高いねえ」
ミドリは、自分が褒められたかのように嬉しそうだった。それだけミドリは、バレーが好きなんだろう。
「ちなみに、ウメコはなんでバレー部に入ろうと思ったの? 私と同じ未経験なのに」
ウメコは背も低く、バレーをするには一見不利そうなのに、どうしてバレーをやりたいのか、私は純粋に気になっていた。
「前にテレビで女子バレー日本代表の試合を観てたときに、背が低くても活躍してる選手がいて、なんか憧れちゃって。それで、衝動的にバレー部への入部を決めちゃった感じかな」
ウメコはけっこう冷静に行動を起こしそうなのに、意外と思い立ったら即実行タイプのようだ。
どの部活に入るかなんて、その後の高校生活を大きく左右しそうな決断なのに、スパッと決めちゃうなんてすごいなあ。
「二人とも未経験なのに、思い切って飛び込むなんて、勇気あるね~。わたしなんて、ただなんとなく中学からの延長でバレー部にしただけなのに」
ムギはそう言ってくれたけど、別に私はそんなに勇気があるわけじゃない。
ウメコはともかく、私は何度もやり直せない状況なら、こんな決断をくだすことなんてできない。
それどころか、どの部活にも飛び込めなかった臆病者なんだから……。
「高校から始めて活躍する人もいるし、二人もきっとレギュラーになれるよ。まあ、あたしは譲るつもりなんてないけどね」
「ミルク、上から目線のミドリにだけは負けないように頑張ろう」
「私が上からなんじゃなくて、ウメコがちっこいだけだよ。ねえムギ」
「えっと……ウメコちゃんも、まだ育ち盛りだから大丈夫だよ!」
ムギのちょっと天然がかった発言により場が和んだところで、私たちは部活見学を切り上げることにした。こういうほんわかした存在がグループにひとりいると、空気が重くならずに済むからありがたいよね。
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