5-5 テスト勉強

 その後も私たちの高校は、大なり小なりいくつかの大会に出場した。

 最初の大会こそ一年生はムギしかメンバーに選ばれなかったけど、徐々に頭角を現してきた実力者たちは、大会ごとに代わる代わるメンバーに選出された。もちろん、ミドリもそのひとりだ。

 そして、夏の大会を最後に三年生が引退してからは、私たちの世代でもメンバー入りする人がさらに増えていった。


 それでも、私とウメコは、依然として大会メンバーに選ばれたことはない。私もウメコもほとんど休むことなく部活に参加し、放課後の練習に加えて朝練にもしっかり励んではいるものの、やはり経験の差を埋めるのは簡単ではないようだ。

 そりゃあ、ほかの人たちだって同じように頑張ってるんだもん、なかなか追いつけないよね。


「ねえウメコ、ここってどう解くの?」


「だから、さっきも教えたでしょ。こっちの公式を当てはめればいいだけだって。ミドリは、ちゃんと人の話を聞きなさいよね」


「ウメコちゃん、この問題は?」


「ムギ、それは今日の授業でついさっきやったとこでしょ? いったい何を聞いてたの?」


「うう……ごめんなさい」


「しょうがないよ、ムギはさっきの授業中、ずーっと寝てたもんねー」


「だって……お昼の後は眠くなっちゃうんだもん」


「まあ寝る子は育つって言うからさ。大目に見てあげてよ、ウメコ」


「……私、二人に勉強教えるのやめようかな。ミルク先生、あとはよろしく」


 そんな私たち四人は、テスト期間に入って部活が休みになると、放課後に集まって勉強会をしていた。

 バレーとは対照的に、ミドリとムギは勉強がからっきし駄目で、反対にウメコと私はそれなりにテストで良い点が取れていた。

 まあ私に関しては、もともと勉強は苦手なタイプだったんだけど、何度もタイムトリップを繰り返して、同じ授業やテストを受けてるからね。


「ミルク先生ー、どうか力をお貸しくださいー。ミルクにまで見捨てられたら、あたしとムギは、補修で部活に出られなくなっちゃうよー」


「……なるほど、そうなると私とウメコのレギュラー入りが一歩近づくってことか。じゃあ二人とも、自力で勉強頑張って!」


 普段、バレーボールではミドリとムギに太刀打ちできないから、私はここぞとばかりに高みから、からかいの言葉を打ち下ろす。


「ミルクもウメコもさあ、そんな卑怯な手でレギュラーの座を掴んで満足? 実力で勝ち取ってこそ、価値があるんじゃないの? 他人を蹴落とす前に、まずは自分が努力しなよ。ねえ、ムギもそう思うよね?」


「そうだね、今回ばかりはミドリが正しいよ。ウメコちゃんもミルクちゃんも、わたしたちに、ちゃんと勉強を教えるべきだよ」


「……じゃああんたらも、ちゃんと自力で勉強して補修を回避しなさいよ」


 ウメコの秀逸な返しに、ミドリもムギも、ぐうの音も出ない様子だった。普段バレーボールで二人に打ち下ろす機会がない分、こういうときのウメコのスパイクは容赦ない。


「そんなこと言わずに、お願いしますよー。次のテストでは二人に頼らなくてもいいように、ちゃんと日頃から勉強するからさー」


 とかミドリは言ってるけど、毎回テストが近づくたびに追い込まれてる姿を、これまで何度も見てきてるから、この発言があてにならないことを私は知っている。

 でもこれは仕方のないことだ。なぜなら人は同じ過ちを何度も繰り返してしまう生き物なんだから。少なくとも、今の私にはミドリのことをとやかく言える資格はない。


「しょうがないなあ、じゃあ今度牛乳おごってもらうからね」


「一週間分でいいわよ」


 私もウメコも、なんだかんだ言いながらも、最終的にはちゃんと二人が補修にならないように勉強を教えてあげていた。

 このメンバーと一緒に部活に励んでいるときも充実感があるけど、こういう部活から離れた何気ない会話をしている時間も、とても居心地が良くて好きだ。たとえこのまま部活でレギュラーになれなくても、このメンバーと一緒に過ごせるなら、私の高校生活は実りあるものになるに違いない。

 私は今までになく手ごたえを感じて、日々を過ごしていた。




 そんなこんなで、私たちは二年生になった。ミドリとムギも、私とウメコが勉強のサポートをしたおかげもあって毎回補修を回避し、無事に進級を果たしていた。


「今年こそ、目指せ全国大会だね!」


「ミドリは相変わらず熱いね~」


 うちの学校では三年間クラス替えがないので、二年生になっても私たち四人は仲良く一緒にお昼を食べていた。


「まず私たちは、メンバー入りを目指さないとだけどね」


「そうそう。ミドリとムギは当確だからいいよねー」


 三年生が引退してからは、大会メンバー常連のミドリとムギに対して、ウメコと私は羨ましそうな眼差しを向ける。


「そんなことないよ~。わたしたちだって、安心できないんだから。ね、ミドリ」


「今までほとんどレギュラーから外れてないムギに言われても、嫌味にしか聞こえないよ?」


 ムギの言葉に、私も、おそらくウメコも、嫌味はまったく感じていなかったけど、ミドリは私たちの気持ちを代弁したかのような口振りでムギをからかった。


「ミドリはともかく、ほんとにわたしはそんなに上手いわけじゃないんだから。ただ背が高いから使われてるだけで……」


「ウメコ、バカにされてるよ?」


 一年経っても未だ身長が伸び悩んでいるウメコに向かって、ミドリは哀れみの視線を送る。

 もはや、ムギがしゃべったことを都合よく使って、ミドリがウメコをからかう流れは恒例になりつつあった。

 以前はこういう内輪ノリを外から眺めて羨ましく思っていたけど、今はその輪の中に自分が加われていることがちょっと嬉しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る