6-5 ミルクはスパイス
「どうしてこうなったのかな~」
お皿に盛られたミルクご飯と、その上にかけられたミルクカレーを見つめながら、堀さんは嘆いていた。とりあえず私は、彼女をなだめようと試みる。
「ほら、ご飯は紅茶とかオレンジジュースで炊くよりはさ……」
「水でいいよね? 誰も止めなかったの?」
「白野氏に相談したら、なぜか牛乳を入れることになりまして……」
小浦氏、私に責任を押しつけないでほしい。
「カレーの方は? なんで白くなってるの?」
「隠し味に牛乳という名のスパイスを入れてみたら、こんな仕上がりに……」
「ぜんぜん隠れてないんだけど?」
やっぱり、牛乳は脇役に甘んじる存在じゃないんだよね。主役を食っちゃうのも、しょうがないよ。
「でも、カレー味のミルクも悪くないデス」
「いやそれ逆だし。マジウケるわ」
私たちは、なんだかんだ言いながらも、ミルクカレーを口に運んでいた。
果たしてこれをカレーと呼んでいいのかは疑問だけど、夏空の下みんなで頑張ったこともスパイスとなって、味は想像以上に美味しく感じた。
「ほら、みんなもこう言ってるし、牛乳は最強の調味料だから大丈夫だよ」
「もう、ミルクの神様へのお供え物じゃないんだよ~?」
なんだかんだ言いながら、最終的には堀さんも笑みを浮かべながら、けっこう美味しそうにミルクカレーを食べていて、一安心だ。
「そろそろ各班のカレーをお皿に盛って、ここに持ってきてくださーい!」
しばらくの間、談笑しながら私たちがカレーを食べていると、五十嵐先生の呼びかけで、各班の代表者が自分たちのカレーを持って続々と集まり始めた。
私も、班のみんなに押しつけられる形で、ミルクカレーを携えて先生のもとへ赴く。
「全班、出揃ったようね。じゃあいよいよ、この中から最高のカレーを決めるわよ。審査してくれるのは、特別ゲストの乳神さんでーす!」
審査員として登場したのは、牛柄の服を着た美少女の乳神様だった。
もうわけがわからない。
この世界の仕組みは、いったいどうなってるんだ。
後で直接問いただしてやる。
なんて、私がぶつぶつと考えている間に、審査員の乳神様はすべてのカレーを平らげていた。
「それでは、いよいよ運命のときです。乳神さん、お願いします」
五十嵐先生に促され、乳神様はゆっくりと口を開く。
「では発表するぞ、我が選ぶナンバーワンカレーは……」
無駄に仰々しいしゃべり方をしながら、乳神様はこっちに向かって歩いてきた。
「カレーミルク……もとい、ミルクカレーじゃ!」
絶対これをカレーとして見てないよね?
牛乳への贔屓が過ぎるよ。
「はいこれ、ご褒美の牛乳ね」
乳神様はご褒美として、あろうことか牛乳を手渡してきた。この期に及んでまた牛乳なんて、私以外誰も喜ばないよ?
「あの……乳神様ですよね? なんでここにいるんですか? この状況って――」
「飲んで、それ。とりあえずグイッと」
乳神様は、私が手に持っているビン牛乳に視線を送っていた。どうやら、これを飲むまで話をしてくれる気はないようだ。
仕方ないので、私は促されるままにそれを口にする。一口飲んで、すぐにわかった。
――ああ、これ例の牛乳だな。
夏の暑さも手伝って、私の頭はすぐにボーっとし始める。最後に見た青空には、牛乳をこぼしたように薄っすらと白い雲がかかっていた。
****
「それで、あたしに何か言うことは?」
「……カレー、美味しかったですか?」
「まずは感謝しなさいよね!」
意識が戻ったときには、周りの人たちはみんないなくなっていて、この空間には乳神様と私の二人だけになっていた。そしてなぜか乳神様は、私に感謝を強要してくる。
「あんたが時空ミルクにアレンジを加えたせいで、変な世界に飛んじゃって大変だったんだからね」
ああ、カレーの件じゃなくて、その前のバレー部のときの時空ホットミルクのことか。
「だって、たまにはあったかい牛乳も飲みたいじゃないですか。寒い日はホットミルクに限りますよ!」
「それは……わかるけど。そういうのは、普通の牛乳でやりなさいよね。時空ミルクでそんな冒険しようとする神経が信じらんないわ」
いやでも、温めちゃダメって言われてないし……。
まあたしかに、事前に乳神様に確認してから温めればよかったのかもしれないけどさ。
そもそも、時空ミルクを飲もうっていう精神状態のときに、そんな余裕ないんだもん。
「はいはい、次からは気をつけますよ。……じゃあ気を取り直して、例のやつお願いしてもいいっすか?」
「あんたこのごろ、過去に戻れるのが当たり前だと思ってない? その態度が気に食わないわね」
言われてみれば、最近の私は感謝の気持ちを忘れていたかもしれない。これまで何度も過去に飛ばしてもらってるのに、こんな態度は良くなかったよね。
「……すみませんでした。もう一度、過去に戻してもらえないでしょうか?」
「えーどうしよっかなー? そうだなー、偉大な神である我の前で跪いて、涙ながらにお願いするなら、考えてあげてもいいけどねー」
こっちが下手に出てみればこの態度。神とはなんと傲慢な存在なのだろう。そういうことなら、私にも考えがある。
「そんなこと言わずに、お願いしますよー。リピートアフターミー。ミルキぃ……? トリぃ……? ほらほらー!」
――――ミルキートリップ!
私のバカにしたような言葉が気に障ったのか、乳神様は勢いよく目を見開いて、吐き捨てるように告げた。
さすがに私も、ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。薄れゆく意識の中で、神様を前に立場をわきまえていなかった自分の態度を、ほんのちょっとだけ反省した。
次会ったらちゃんと謝ろう……次があればね。
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