6-4 飯盒炊爨

「あの……白野氏、ちょっと来てもらえるとありがたいんだが……?」


 私が黙って牛乳番をしていると、遠慮がちに近づいてきた小浦氏が、横から話しかけてきた。

 堀さんはカボチャやパイナップルと格闘中、ミズキはテーブルの横に備え付けのかまどで鍋の番。

 ……たぶん、一番暇そうな私に白羽の矢を立てたんだな。


「わかった、行くよ」


 私は一応、一パックだけ牛乳を持ったまま、小浦氏について行く。


「二人とも、白野氏を連れて来たよ」


 ご飯チームでは、ダチりんとジャスミンの二人が、何やら言い争っているようだった。


「あっ白野さん、あーしらこれから飯盒でお米を炊くとこなんだけどさー」


 見ると、飯盒炊爨のための火起こしは完了しており、後はお米を飯盒に入れて火にかけるだけといった様子だ。


「ゼッタイ、紅茶で炊いた方がおいしいデス!」


「だからー、それじゃあご飯が変な色になっちゃうじゃん? それならいっそ、オレンジジュースの方が映えるっしょ!」


「……って感じなんだが、白野氏はどう思う?」


 なるほど、紅茶で炊くか、オレンジジュースで炊くか、はたまた……。

 たしかに悩ましい問題だけど、答えは決まってる。


「二人の言い分はわかったよ。最高のカレーを作るなら、ご飯にもオリジナリティは必要。そういう意味で、オレンジジュースは見た目のインパクトは抜群……だけど味に不安あり。かといって、紅茶だとカレーと合わせたときの色が地味……っていう気持ちもわかる」


 ご飯係の三人は、黙って私の話に耳を傾けていた。一呼吸置いて、私はさらに演説を続ける。


「そこで私は考えた、この問題を解決するたったひとつの方法を。それは……牛乳だよ」


 私は手に持っている牛乳パックを、ダチりんとジャスミンの眼前に掲げた。


「「牛乳?」」


「つまりね、牛乳で炊けば味も付いて美味しいし、色も白いから問題ないってわけ!」


「ちょ白野氏、そんなんで二人が納得するわけ……」


「なるほど、それなら色味は問題ないし、味もマイルドになるから、言うことなしじゃん!」


「ミルクとライスの乳米同盟ちちべいどうめいデスね!」


「おっおう、みんなの牛乳への信頼感すごいな……」


 小浦氏は戸惑っているようだったが、私は構わずお米の入った飯盒の中に、紙パックに入った大量の牛乳をドバドバと注ぎ込んで火にかけた。

 牛乳は1000mlのパック一本分使っちゃったけど、もう一パックあるからカレーに入れる分は問題ない。


「じゃあ私、カレーの方に戻るよ」


 ひと仕事終えて達成感に包まれた私は颯爽と翻り、堀さんとミズキの待つ調理場の方へと歩き出した。




「あっミルク、やっと戻ってきた」


 私の姿を確認したミズキが、鍋をかき混ぜながら声をかけてくる。私は、美味しそうなカレーの臭いに吸い寄せられるように、鍋の近くまで寄っていった。


「すごい、もうほとんどできてるね」


 私がご飯チームの方へ行っている間に、カレーはほぼほぼできあがった状態になっていた。しっかりカボチャとパイナップルも入っているようだ。


「白野さんも、ちゃんと手伝ってよ~」


 カボチャとパイナップルを調理し終えた堀さんは、すっかり疲弊しているようだった。


「任せちゃってごめんね。後はやっとくから、堀さんは休んでていいよ」


「言われなくてもそうする~」


 そう言い残して、堀さんはゆっくりと木陰の方に去っていった。


「ミズキ、代わるよ」


 一定のスピードを保ちながらカレーを掻き回し続けているミズキに、私は選手交代を申し出る。


「具材は全部入れたから、後は煮込むだけだってさ」


 ミズキは堀さんからの伝言とともに、お玉を私に受け渡した。


「そうだ、まだ仕上げが残ってるじゃん」


 私は机の上に残したままだった、残り一パックの牛乳を引き寄せる。


「そっか、牛乳入れるんだった。……でも、勝手に入れて堀さん怒らないかな?」


「別にダメって言ってなかったし、大丈夫じゃない?」


「それもそうだね。カレーに牛乳入れても、そんな酷いことにはならなそうだしね」


 そして、手の空いているミズキは、牛乳パックを開け、中身の牛乳を少しずつカレーに投入する。


「……このぐらい?」


「いや、もうちょい入れても良くない?」


「じゃあ、半分ぐらい入れてみようか」


 私がかき混ぜているカレーに、ミズキが牛乳をどんどん加えていく。


「なんかグツグツしなくなったね」


「火力を上げよう」


 牛乳によって温度の下がったカレーを煮込むため、私たちはかまどに薪をくべる。


「残りの牛乳はどうする?」


「うーん、もう全部入れちゃえ」


 再び煮立ってきたカレーに、再度牛乳を注ぎ込む。こういうのは、たくさん入れた方が美味しいに決まってるんだから。


「……なんかカレーの量、多くなったね」


「まあ、煮込んで水分飛ばせば、バレないって」


 とにかく私たちは、薪をくべ続けて火力アップを試みた。


「でも、めちゃくちゃ白っぽくなっちゃってるから、誤魔化せない気がする……」


 見た目でいえば、カレーというよりも、ちょっと茶色がかったクリームシチューっぽくなっていた。


「まあ、味は美味しいはずだよ……きっと」


 もちろん二人とも味見なんてしていないけど、きっと大丈夫だと根拠もなく信じていた。

 ……どうか堀さんに何も言われませんように。

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