6-3 食材選び

「ねえ、どれを持っていけばいいと思う?」


 私とミズキは、食材や調味料が集められた場所に来ていた。

 ジャガイモとタマネギがあれば、それを持って帰れば済む話なんだけど、なぜかここにはそういった無難な食材は存在しなかった。

 目につくのは、ピーマンにトマトにバナナといった、カレーに入れるべきか微妙なラインの野菜や果物、醤油や味噌といった各種調味料などなど……。


「あっ、リンゴとかいいかも……」


 そう言ってミズキが手を伸ばしかけたとき、横からスっと伸びてきた手に、リンゴがかっさらわれた。


「悪いわね、これは私たちの班がいただくわ」


 リンゴをかすめ取ったのは、委員長の酒井さんだった。さすがは酒井さん、王道をばっちり抑えてくるな。


「そうだ、カレーといえばハチミツ……」


 と私が言いかけたところで、今度は別の人物にそれは持っていかれる。


「やっぱり、カレーにハチミツはマストだよねー。それと各種スパイスも、もらっとこうかなー」


 ハチミツを手に取ったのは、イケてるグループ筆頭の茶田さんだった。ついでに、よくわからないスパイス類も持ち帰っていた。

 いるよねー、たいして料理できないくせに、謎のスパイスとかにこだわる人って。

 まあ完全に私の偏見だけどさ。


「……ほかに何かあるかな?」


 再び私たちは、食材の前で考え込む。変な食材を持ち帰ったら、堀さんの逆鱗に触れるかもしれない。ここは慎重に選ばないと……。


「ミズ……魚田さんは、普段家のカレーには何が入ってる?」


 危うく下の名前で呼びそうになったが、この世界での私たちはそこまで仲良くないはずだ。


「私の家では、けっこうありきたりな具材しか入れてないんだよね……。あっでも、夏野菜カレーとかだと、ナスとかカボチャ入ってたりしない?」


「たしかに! カボチャ、あそこにあるよ。とりあえずキープしとこ」


 私は、カボチャを一つ脇に抱えた。そして、ふと思いついたことを口にしてみる。


「そういえばカレーじゃないけどさ、酢豚にパイナップル入れるよね? 意外と料理との相性がいい果物なんじゃない?」


「そうかも! 私、酢豚のパイナップル好きだし。きっとカレーにも合うよ!」


「だよねだよね! ミズキもそう思うよね……あっ」


 勢いで、うっかり下の名前で呼んでしまった。


「……ミズキで大丈夫だよ、白野さん」


 ミズキは、ちょっと照れくさそうにこちらを見ていた。


「わかった。じゃあ、私のこともミルクって呼んで」


「うん。じゃあパイナップルも追加しよ、ミルク」


 そう口にしながら、ミズキはパイナップルを一つ取ってきた。

 名前で呼び合うと、なんだか仲が良かったときに戻ったみたいで、懐かしくて温かい気持ちになる。


「そうだ、ついでにあれも持っていこうよ」


 私は、持っていたカボチャをミズキに手渡して、奥の方にある冷蔵ショーケースの方へ向かう。そして、中に入っていた牛乳を取り出した。


「二パックしかないけど、足りるかな?」


「カレーに入れるには、十分なんじゃない?」


 こうして、私たち二人は戦利品を手に、自分たちの班へと帰還した。




「カボチャ、パイナップル、牛乳ねえ……」


 堀さんは、新たに追加された食材を前に、苦々しい表情を浮かべる。


「どうかな? 私とミズキで、なんとなくカレーと相性が良さそうなものを選んでみたんだけど……」


「まあ、牛乳はミルクの独断だけどね」


「牛乳は何にでも合うから大丈夫だよ、絶対!」


 すっかり打ち解けた私とミズキが和気あいあいとしている一方で、堀さんはちょっと不満気な表情をしていた。


「別にいいんだけどさ~。これ、誰が切るのかな~?」


 堀さんは、カボチャとパイナップルに手を添える。


「堀さん……お願いできます?」


「そうなるよね~。まあやるけどさ~、けっこう大変なんだからね」


 たしかに、丸ごとのカボチャとパイナップルは、皮とか硬そうだし、よく考えたら調理が面倒くさそうだな。

 そこまで深く考えず、その場のノリで決めちゃったことが、なんだか申し訳なくなってきた。


「それに何なの、ミルクってさあ……」


 堀さんは机上に置かれた牛乳を、じっと見つめていた。

 たしかに、二パックは多すぎたかもしれないけど、最悪そのまま飲めばいいし、そんなに悪いチョイスではないはずだ。ちゃんと説明すれば、きっと堀さんにも牛乳の良さが伝わるに違いない。そんなことを考えているときだった。


「えっ、そんなに牛乳ダメかな? 割とカレーに入れることもある気が……」


 私が牛乳の魅力を語り始めるよりも先に、果敢にもミズキが牛乳のフォローを試みた。だがそれは、逆効果だったらしい。


「もういいよ! 魚田さんは鍋の準備! 白野さんは……牛乳の管理でもしてて!」


「「はい!」」


 やばい、目に見えるぐらい堀さんの機嫌が悪くなってきた。

 たぶん今は何を言っても怒られそうだし、これ以上刺激するのはやめよう。

 この場において、私とミズキは、堀さんの従順な下僕になることを決めた。

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