2-2 運命の昼休み
そうこうしているうちに、午前中の授業の終わりを告げるチャイムの音が、私の耳に飛び込んできた。普段は退屈で長く感じる授業も、別のことを考えているとあっという間だ。
何はともあれ、お腹も空いたし、とりあえずお弁当を食べよう。
そう思って鞄の中をあさっている最中、ふと思い出した。
……そういえば、初日はお弁当を持ってくるのを忘れたんだったっけ。
仕方ない、購買にパンでも買いに行こう。
そして私が、おもむろに席から立ち上がろうとした、そのときだった。
「あの……よかったら、一緒にお昼食べない?」
教室で誰かに話しかけられるのなんて、いつぶりだろう?
そんなことを考えながら、目の前でお弁当を抱えた女子生徒に視線を向けたとき、急に記憶がよみがえってきた。
そういえば、以前もまったく同じことがあったな。初日の昼休み、同じような内容で話しかけてくれたっけ。
……あのときはたしか、私は誘いを断ったんだった。
別に、一緒にお昼を食べるのが嫌だったわけじゃない。ただ、お弁当を忘れて購買に行かなきゃいけなかったから、待たせるのも悪いと思ったんだ。
……そしてこれを最後に、二度と彼女から誘われることはなかった。
まあ、断るときに理由をちゃんと説明しなかった、私が悪いんだけど。
「あっごめんね、嫌だったら別に……」
「嫌じゃない! ……でも私、今日お弁当忘れてきちゃったから、購買で買ってくるまで待っててくれる?」
立ち去ろうとする彼女を、私は食い気味で引き止めた。
――きっとここが、ターニングポイントなんだと思う。
この先も、友達ゼロのぼっち生活を送ることになるのかどうかの、運命の分かれ道が、きっとこの初日の昼休みなんだ。
「じゃあ、一緒に行かない? 購買まで案内するよ」
購買の場所は当然知っているから、別に案内はいらないんだけど、私は一緒に来てもらうことにした。きっとこれが、仲良くなるための正しい選択肢のはずだ。
「パン買えて良かったね、あと牛乳も」
「……うん」
無事に購買で惣菜パンとパック牛乳を手に入れた私は、近くのベンチに腰を下ろす。
「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったよね。私は
私の横に座りながら、魚田さんはわざわざ名乗ってくれたけど、言われなくても名前ぐらいは知ってる。ほとんど話したことはなかったけど、さすがに二年近くも同じクラスにいるんだから。
……そういえば、彼女にとっては今日が初対面なのか。
やっぱり私、過去にタイムトリップしてるんだなあと、改めて実感する。
「中学まで購買なんてなかったから、なんか新鮮だなあ。それに私、中学校は共学だったから、女の子しかいない環境も不思議な感じ。……白野さんの中学は、どんな感じだったの?」
「……私も共学だったし、ぜんぜん慣れないよ」
「まだ初日だもんねー」
さすがに女子高の雰囲気にはもう慣れたけど、クラスメイトとの会話には、未だにぜんぜん慣れない。
「授業も中学のときに比べて難しいよね。ついていけるか不安だよー。英語の文章なんて、こーんなちっちゃい文字でビッシリ書かれてるし、数学は教科書より分厚い問題集やらされるんだもんね」
「……そうだね」
今ではもう当たり前みたいになっていたけど、入学したばかりの頃は、たしか私もこんな感じだった気がする。懐かしい気持ちになると同時に、タイムトリップ先のクラスメイトとの感覚のズレをひしひしと感じた。
入学当初の心境って、あとはどんな感じだったっけ?
この状況に合わせた話題の出し方をいまいち掴むことができず、私はただただ相づちを打つだけになっていた。
……それにしても、魚田さんとは初めてまともに話したけど、こんなにしゃべる人だったのか。普段クラスではおとなしいイメージだったから、ちょっと意外だ。
もしかしたら、高校生活スタート直後の浮き足立った雰囲気が、彼女を饒舌にさせているのかもしれない。
「そういえば白野さん、牛乳好きなの?」
「えっ?」
「なんか、すごい美味しそうに飲んでるから」
「……うん、実はけっこう好きなんだ」
唐突に聞かれて、ちょっとビックリした。私、そんなに顔に出てたのか……。
「美味しいよね、牛乳。私も前は給食で毎日飲んでたけど、最近はぜんぜん飲まなくなったなあ。ちなみに、牛乳のどういうところが好きなの?」
「それはやっぱり――」
それから昼休みが終わるまでの間、私はひたすら牛乳の魅力について語り続けてしまった。気づいたときには、魚田さんの表情は若干引き気味だったように思う。
まあ初対面のクラスメイトから謎に牛乳について熱弁されても困惑するよね。
……牛乳は、自我を失わせるから恐ろしい。
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