3-2 キャピ子襲来

 その日の放課後、私たちは学校からほど近い商店街にあるアクセサリーショップを訪れた。


「なんかごめんね。有来さんと白野さんには、私のわがままに付き合ってもらうみたいになっちゃって」


「そんなことないよ。……実は私もちょっと憧れてたんだ、キラキラした高校生活ってやつにさ」


 安達さんの言葉に、有来さんはあっけらかんと答えた。有来さんは、別に安達さんに気を遣ったわけではなく、本心からそう思っているように見えた。


「実は私も……」


 そして私も有来さんに続けて手を挙げる。実のところ、私はぼっち生活が長かったせいか、その反動で華やかな高校生活への憧れは人一倍強かった。


「これとか可愛いかも」


 店内に陳列されたきらびやかなアクセサリーを手に取りながら、有来さんがつぶやく。


「それいいじゃん。絶対有来さんに似合うよ!」


「うーん、でもちょっと派手すぎない? 急にこんなのつけて学校行くのは、周りの目が気になるかなあ……」


 安達さんはノリノリで勧めていたが、一方の有来さんは慎重な姿勢だ。たしかに今の私たちが身につけるにはやや派手目で、身の丈にあっていない気がしなくもない。


「大丈夫だって! 一度きりの高校生活なんだし、思い切っていかなきゃ! 白野さんもそう思うよね?」


 一度きりの高校生活……か。そうだよね、本来高校生活は一度きり、迷ってる時間がもったいないよね。


「うん、むしろもっと派手でもいいぐらいだよ。これからの私たちの輝かしい高校生活を思えばね!」


「二人がそう言うなら……思い切って買っちゃおうかな!」


 こんなふうに、友達と楽しく買い物をするのなんて初めてだ。これだけでも、私にとっては十分キラキラスクールライフだと感じていた。

 だが、そんな楽しい空気を切り裂くように、突如として甲高い声が店内に響き渡る。


「あれー、もしかしてイモ子とモサ子? 久しぶりじゃんー、なんでこんなとこにいんの?」


「ああ、うん……久しぶり」


 突然絡んできた女子二人組に、安達さんが困惑しながらも答える。


「あの……」


「あっ、この人たちは私たちと同じ中学だった――」


 事態がいまいち飲み込めないでいる私に対して、有来さんが軽く説明してくれた。話しぶりや態度から、そこまで仲の良かった友達って感じでもなさそうな気がする。何より、安達さんや有来さんとは正反対のキャピキャピした雰囲気を放っていて、何となく相容れないグループに属していそうな感じだ。


「高校でも相変わらず地味同士でつるんでんだー、ウケるんだけど。ってかそれ買うの? 似合わねー」


 口数の減った安達さんと有来さんに対して、キャピキャピ女子たちが一方的にまくし立てていた。

 ……さっきまで、あんなに楽しい雰囲気だったのに。

 こういう声の大きい人たちは、簡単に私たちのささやかな世界をかき乱してくる。きっとこの人たちは、懐かしい知り合いを見つけたから話しかけたという程度で、別に悪意はないんだろうけど、だからこそ余計にたちが悪い。


 キャピ子たちの話を聞き流しながら、二人は私に対してすまなさそうな視線を送ってきたが、どちらかといえば私の方が申し訳なく感じていた。

 私みたいなイモっぽくてモサいやつがそばにいるせいで、二人に余計恥ずかしい思いをさせているような気がする。こういうとき、友達として堂々とした態度で接することができたらよかったんだけど、今の私が何を言ってもプラスにはたらくことはなさそうだ。


 しばらくの間、無力な私たち三人は、静かに嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 すると、今度はキャピ子たちとはまた別の、キラキラした華やかな声が私たちのもとに飛び込んできた。


「よう、三人も来てたんだな。そっちは中学時代の友達か?」


 それは、同じ高校のイケてる女子グループの染山さんだった。どうやら、染山さんと茶田さんの二人も、偶然このアクセサリーショップに来ていたらしい。


「あれ、有来さんそのアクセ買うの? いいね、絶対似合うよ」


 キャピ子たちが言葉を発する前に、茶田さんは有来さんが手にしているアクセサリーを眺めながら話し始める。


「いや、やっぱり私には……」


「だよな。もし似合わないなんて言うやつがいたら、そいつ間違いなくセンスねえよ。そっちの二人もそう思うだろ?」


 有来さんに否定する間も与えないまま、染山さんが即座に茶田さんの言葉に続けた。そして、急に話を振られたキャピ子たちは、ようやく我に返ったように言葉を紡ぐ。


「あー、そうだね。……じゃあうちらは、そろそろ行こっか」


「だね、じゃあまた」


 最終的には、染山さんと茶田さんの勢いに押される形で、キャピ子たちは逃げるようにこの場を後にした。


「三人とも、邪魔しちゃってごめんねー。うちの染山は知り合いを見つけたら、絡まずにはいられないタイプだからさー」


「別に知り合いに会ったら話しかけるのなんて普通だろ。人をウザいやつみたいに言うなよな。ほら、うちらも、もう行こうぜ」


 そして、染山さんと茶田さんも嵐のように去っていった。


「……今のって、助けてくれたんだよね?」


「だと思う。……いい人たちだね」


 安達さんと有来さんは、染山さんたちのことを善人扱いしているようだけど、私は完全に賛同することはできないでいた。

 あの人たちは、前の世界ではミズキをパシリにしてたし、たぶん嫌がらせをしてたのもあの女子グループの人たちだ。たしかに、さっきは困っている私たちを助けてくれたのかもしれないけど、キャピ子たちと同じ感覚で、単に知り合いを見つけたから気まぐれで話しかけてきただけという可能性もある。

 人の善意をあまり疑いたくはないけど、善人に見える人が陰で何をしているかなんて、誰にもわからないんだから。

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