Trip3. 紅茶
3-1 高校デビュー
「――じゃあ、簡単に自己紹介してもらえる?」
気がつくと、目の前には見覚えのあるクラスメイトがいて、みんなが私の方を見ていた。私は即座に、黒板の方に目をやる。するとそこには、私が高校に初めて登校した日付が記されていた。
――戻ってきた、私の高校生活が始まったあの日に。
「白野さん、自己紹介お願い」
「白野ミルクです。よろしくお願いします」
前回同様、担任の五十嵐先生に促されるまま、私は淡白に自己紹介をした。
――次こそ上手くいくはず。
こうして、私の三度目の高校生活が幕を開けた。
一応、前回タイムトリップしたときと何か違いがないか、しばらく観察してみたが、授業の内容も今日の天気も、何もかもが変わっていないようだった。
つまり、私自身が前回と行動を変えない限り、まったく同じ道のりをたどってしまうことになりそうだ。
何かを変えるなら、最初のタイミングは……やっぱり昼休みかな。
そして、午前中の授業がつつがなく終わり、昼休み開始のチャイムが鳴る。
私はミズキが自分の席に来るよりも前に、立ち上がって歩き出した。前回は、この時間にミズキと一緒にお昼を食べて仲良くなったんだけど、それだとまたあの悲惨な結末を迎えてしまうだろう。そうならないためにも、今回私は別のグループに混ざることにする。
「あの……よかったら、一緒にお昼食べない?」
私が声をかけたのは、教室の隅っこにいる、見るからに地味な見た目の女子二人組だった。
「いいよ、一緒に食べよ」
「ここ座って」
私は空いている椅子に腰を下ろし、目の前の机に惣菜パンとパック牛乳を置く。初日にお弁当を忘れてきたことは覚えていたので、今回は休み時間のうちに購買で買っておいたのだ。
「私、
「私は
二人は小さめの声で、非常に簡潔な自己紹介をしてくれた。
なぜ私が、このおとなしめで目立たない……端的に言って、冴えない感じのこの二人に声をかけたのか。単純に人見知りの私でも話しかけやすかったからというのもあるが、もう一つ重要な理由がある。
――それは、彼女たちが後に大化けする逸材だからだ。
今はこんなに地味で冴えない二人だが、数ヶ月後にはゴリゴリのギャルに変身する。どういう経緯なのかは定かではないが、そうなることを私は知っている。なんせ、未来で実際に見ているのだから。
つまり、今のうちにこの二人と仲良くなっておけば、自然と私もイケてるギャルの仲間入りってわけだ。言ってみれば、これは勝つことが約束された万馬券を買うようなもの。みんながただの石ころだと思っているダイヤモンドの原石を、いち早く手に入れるようなものだ。
――これから始まるイケてる高校生活を想像して、私はひとりほくそ笑んでいた。
初日にお昼を一緒に食べて以降、自然と私は安達さん、有来さんと過ごす時間が増えていった。ただ、休み時間に三人でおしゃべりする内容といえば、授業や勉強のこと、先生やクラスメイトのことなど、ありきたりで特に面白みのないことばかりだった。
そんな日々がひと月ほど続いたある日のこと。安達さんが発した何気ない一言から、運命の歯車は回りだす。
「私、高校に入ったら自然とキラキラした毎日が始まるものだと思ってたけど、そういうわけでもないんだね」
安達さんの言葉は、私には痛いほどよくわかる。何もしなければ、ぼっち街道まっしぐらだということは、一度身をもって経験済みだ。結局のところ、何もしなくても自然とキラキラ人生を歩める人種と、冴えない私とでは住む世界が違うんだから、世の中不公平だよね。
しかし、そんな卑屈な考えの私とは対照的に、安達さんは前向きに続ける。
「でもさ、私はやっぱり華やかな高校生活を送りたいんだよね。染山さんとか茶田さんみたいなさ」
染山さんたちのグループは、たったひと月でこのクラスの誰もが認めるほど圧倒的な存在感を放っており、良くも悪くもまさにクラスの中心って感じだ。
「いいじゃん、今からでもやってみれば? ちょっと遅めの高校デビューってやつ?」
有来さんは、冗談交じりに安達さんに提案した。
「うん、いいと思う、高校デビュー。ぜんぜん遅くないよ」
私も、有来さんの意見に乗っかってみる。
「高校デビューかあ、でも具体的にどうすればいいんだろうね?」
有来さんと私に背中を押されて、安達さんはかなり乗り気になっているようだった。
「うーん……とりあえず、見た目だけでも派手にしてみたら?」
安達さんも有来さんも、もちろん私だって、お世辞にもオシャレに気を配っているとは言い難かったので、とりあえず見えるところから派手にしてみるというのはアリかもしれない。有来さんの提案に、再び私は同調することにした。
「それいい! 自分を変えるには、まず見た目からって言うよね」
「見た目となると、まずはオシャレなアクセサリーをつけるとかかな? 今日の放課後、三人で買いに行かない?」
「もちろん!」
安達さんの提案に、私と有来さんは二つ返事で答える。
「じゃあ三人で高校デビューといきますか!」
こうして、私たち三人の高校デビュー大作戦は始まった。
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