2-6 乳神様
――どうしてこうなってしまったのか。いったいどこで間違えたのだろう。
朝の通学路を登校するほかの生徒たちに逆行して、私はひとり歩いた。
こんなことになるくらいなら、いっそ前の方がマシだった。
友達ゼロでも、こんな辛い思いをするよりは、よっぽど良かった。
――戻りたい。叶うなら、戻ってやり直したい。
そんなふうに考えながら、ただひたすら歩き続けていると、自然と足が向いたのは、あの場所だった。
乳神商店……タイムトリップするきっかけになった、あの時空ミルクを買ったお店だ。
最近は、ミズキと一緒に帰ることが多くて、めっきり来る機会がなくなっていた。
――もしかしたら、あの時空ミルクを飲めば、またタイムトリップしてやり直せるかも。
私は吸い寄せられるように店内に入り、そのままレジへと向かう。
…………あった!
『ぶっ飛ぶ味わい 時空ミルク ―― 時価』
レジの向こうには、あの貼り紙がたしかに存在した。
「すみません、時空ミルクひとつください」
すぐに私は、レジのおばあさんに注文する。
「109円だよ」
「えっ……あっはい」
前回ゼロ円だったから、今回も勝手にそのつもりでいたけど、そういえばこれ時価だったんだ。
日によって値段は変わるんだよね。
私は慌てて、鞄の中をあさり、財布を取り出した。こんなときでも、しっかり鞄も財布も持っている自分を褒めてあげたい。
そして私は、おばあさんに109円を支払い、時空ミルクを購入して店を出た。
……前回は、このミルクを飲んだ瞬間、過去にタイムトリップしたんだよね。
でも、本当にこのミルクの力でタイムトリップしたのかな?
確証はないし、過度な期待はするべきじゃない。
それはわかってるけど、でもこれに頼るしか方法はないんだ……。
私は藁にもすがる思いで、時空ミルクを一気に飲み干した。
すると、直後に私の視界は歪み出す。
ああ、たしか前もこんな感じだった気がする……。
――そして、私の意識は途絶えた。
****
――目を開けると、眼前には牛柄の服を着た美少女がいた。
……てっきりまた、入学当初の教室にタイムトリップするものだと思っていたけど、世の中そんなに甘くないみたいだ。
「なぜ、飲んだんじゃ?」
そもそも、ここがどこで、目の前の少女が何者なのかもわからない状況での突然の質問に、私は面食らう。
「……あのー、あなたは誰ですか?」
「我はミルクの神、
何言ってんだ、この子。
見たところ、私とそう年齢は変わらないぐらいだと思うけど……。
それでいて、自分のこと、神とか言っちゃってるんですけど?
まったく、どうかしてるよ。
……いや、むしろ私の頭の方がどうかしちゃったのかな?
牛乳を飲みすぎて、とうとうこんな幻覚が見え始めたのかも……。
「それで、なんでまた時空ミルクを飲んだんじゃ? せっかく、過去に飛ばしてやったのに、またやり直したいのか?」
乳神様は、その幼い見た目に似合わない堅苦しい口調で尋ねてくる。
「あっじゃあ私、やっぱりあの時空ミルクの力でタイムトリップしてたんですね。ほんと、牛乳のポテンシャルって計り知れない……」
「まあ、正確には牛乳じゃなくて、あたしの力なんだけどね。ミルクの神であるこのあたしのタイムトリップ能力、その名もミルキートリップ!」
乳神様は得意げな顔で胸を張るが、正直誰の能力だろうがどうでもいい。もう一度、過去にタイムトリップできるのなら……。
……そういえば、さっきまで神様っぽく振る舞ってたのに、既にキャラ崩壊しかけてるけど大丈夫かな?
「あの、じゃあもう一回タイムトリップさせてもらうことって、できますかね?」
「一度、お望み通りの場面に戻してやったのに、何が不満だったんじゃ?」
乳神様は、改めて仰々しい雰囲気を作り直して尋ねてくる。
「なんか、いろいろ上手くいかなくて……。あんな仕打ちを受けるくらいなら、もう死んだ方がマシってレベルで……」
「まあたしかに、物を隠されたり、汚されたり……あれは見ていて不憫じゃったが……」
「いえ、それはどうでも良くて」
「はっ?」
「別に、教科書が引き裂かれても、服が切り刻まれても、靴に画鋲が入ってたって、一向に構わないんですよ。でも、牛乳を侮辱されるのだけは、私には耐えられない! 私にとって、牛乳は血液みたいなものなわけで、あの光景はもう、白い血溜まりにしか見えませんでしたよ。ほんと、あんなおぞましいことができる、頭のおかしい人間がこの世にいると思うだけで、ゾッとしますよね。……わかります?」
「いや、どれだけ聞かされても、あんたの思考が一ミリも理解できないわ……」
あの牛乳が撒き散らされた光景のおぞましさを理解できないなんて、信じられない。
それに、牛乳って実は牛の血液からできてるんだから、私何も間違ったことは言ってないんだけどな。
そんなことも知らないなんて、ほんとにこの子、ミルクの神様なの?
しゃべり方とか完全にキャラが定まってないみたいだし、全身牛柄コーデというコスプレじみたふざけた見た目だし、もしかしたら神様を語る別の何かなのかもしれない。
……とはいえ、過去にタイムトリップさせる力があるのは事実だろうし、神だろうが何だろうが、ここはいったん受け入れることにしよう。
「それで、タイムトリップの件、お願いできますか?」
私は必死の形相で、目の前の乳神様に詰め寄った。
「わかったわかった、やってあげるわよ。あんたの目、怖いんだけど」
牛乳について語っていると、つい熱が入ってしまうらしい。ともあれ、またタイムトリップできることになって良かった。
私は一歩後ろに下がり、乳神様と向き合う。すると乳神様は、大きく息を吸って力強く言葉を放った。
――――ミルキートリップ!
その声を聞いた瞬間、私の頭の中に懐かしい景色が走馬灯のように駆け巡る。そして、そのまま私の意識は遠のいていった。
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