10-3 伝わってるよ
私がイケてるグループに混ざって日々を過ごし始めて、早ひと月ほどが経ち、私にとってはもう何度目かの、高校生活最初のテストの時期が近づいていた。
「ねえソメコ、今日の放課後、買い物行かない? 新しいアクセとか欲しくてさー」
ちょうどテスト週間に入り、部活が休みになったのをいいことに、チャクラがソメコを買い物に誘う。
いや、この時期のバレー部はまだ基礎練の真っ最中で、そもそもチャクラはぜんぜん部活に出てなかったから、テスト休みとかあんまり関係ないか。
「まあ部活も休みだし、暇だから別にいいけどよ。お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、なるべく早めに帰るようにするし。そうだ、三人も一緒にどう?」
テスト週間って、本来勉強をするために部活が休みになるんだよ?
決して遊ぶための休みじゃないんだからね?
「わたしは遠慮しとくよ。図書館でテスト勉強するからさ~」
「うちもテストやばそうやし、今日から大人しく勉強するわー。せっかくやし、図書館でホリーナと一緒に勉強しよかな」
どうやらホリーナとトロネは、真面目にテスト勉強をするみたいだ。高校に入って初めてのテストなんだし、それが普通だよね。
「二人とも真面目だなー。……で、ミルミルはどうする? 一緒に買い物行く?」
チャクラは余裕の表情で私を誘ってくる。
「ミルミルも遊んでる余裕ないやろ? うちらと一緒に勉強した方がええんちゃうか?」
トロネはそう言っているけど、実際のところはテストなんて余裕だし、遊んでたって問題ない。今さら私にテスト勉強なんて必要ないんだよね。
「もちろん私は、チャクラたちと買い物に行くよ。トロネと違って、テストなんて余裕だからさー」
私は自信たっぷりに胸を張る。今は特別買い物に行きたいってわけでもないんだけど、図書館で真面目に勉強なんて、今さらかったるいからね。
「さっすがミルミル、わかってるねー。テストはまだまだ先なんだし、遊べるときに遊んどくべきだよねー」
仲間入りした私を歓迎するように、チャクラが私の肩に手を置いた。
「そんなこと言って、後から泣くことになっても知らないからね~」
残念ながら、そんなホリーナの脅しの言葉は、私にはまったく響かない。チャクラとソメコはどうだかわからないけど、私がテストで悪い点を取る未来なんてありえないからね。
そんなわけで、結局私はチャクラ、ソメコと一緒に買い物に行くことになった。
「これ見て、可愛くない? あっ、こっちのやつも綺麗かも。うーん、どっちにするか迷うなー」
「いっそ両方買っちゃえよ」
「もう、あたしはソメコみたいに、セレブじゃないんだよー。ねえ、庶民派のミルミルはどっちがいいと思う?」
「庶民派って……間違ってないけど、なんか引っかかるなあ……」
その日の放課後、私たち三人は、学校からほど近い商店街にあるアクセサリーショップを訪れた。ここは、かつて私がギャルチームにいたときに、ダチりん、レイちゃむとも三人で来たことのあるお店だ。
思えば、あの頃の私は、放課後に友達と買い物をすること自体初めてだったなあ。私にとっては、今でもかけがえのない思い出だ。
だが、そんな懐かしい空気を切り裂くように、突如として甲高い声が店内に響き渡る。
「あれー、もしかしてイモ子とモサ子? 久しぶりじゃんー、なんでこんなとこにいんの?」
声のする方へ視線を向けると、そこにはキャピキャピした雰囲気の他校の女子二人組がいた。そして、彼女らと対面しているのは、まだギャル姿に変身する前の、ダチりんとレイちゃむだ。
この光景は完璧に見覚えがある。私がダチりん、レイちゃむと一緒に初めてこの店に来たときと、まったく同じシーンだ。
「ねえ、あれって同じクラスの安達さんと有来さんだよね?」
「だな。……なんか不穏な空気じゃね?」
キャピ子たちのうるさい声に気づいたチャクラとソメコも、買い物を中断して声のする方を見ていた。
「二人の知り合いっぽいけど……もしかしたら、絡まれてるのかもねー」
「……おれ、ちょっと行ってくるわ」
チャクラが言い終わらないうちに、ソメコはそう宣言して、キャピ子たちのいる方へと歩き出していた。委員長の酒井さんに負けず劣らず、ソメコもかなり正義感が強いらしい。
「しょうがないなあ」
そして、チャクラもしぶしぶながら、ソメコについていった。私も少し遅れて、二人の後を追いかける。
そこから先は、私がかつてダチりんとレイちゃむのそばにいたときと、ほとんど同じようなやり取りが交わされた。当時と変わらず、私はまったくそれらの会話に口をはさむことができず、ただただ傍観者として、事の成り行きを見守るばかりだった。
最終的には、ソメコとチャクラの勢いに押される形で、キャピ子たちは逃げるようにこの場を後にする。
どうやら私がどちら側に立っていたとしても、この結果が変わることはないようだ。
「二人とも、邪魔しちゃってごめんねー。うちの染山は知り合いを見つけたら、絡まずにはいられないタイプだからさー」
「別に知り合いに会ったら話しかけるのなんて普通だろ。人をウザいやつみたいに言うなよな。ほら、うちらも、もう行こうぜ」
そして、ソメコとチャクラ――加えて今回は私も、この店を後にした。
「あっそういえば、結局アクセ買ってないじゃん」
店先で、開口一番にチャクラが発した。
「また今度でいいだろ。……それよりさっきの、余計なことしちまったかな」
果たして先ほどの自分の行動が正しかったのか、ソメコは不安になっているようだった。そんな彼女をからかうようにチャクラは冗談っぽく続ける。
「安達さんと有来さんには、かつての友達との会話に割り込んできたウザいやつ、って思われたかもねー」
「……マジか。こっちは良かれと思ってても、なかなか伝わんねえもんだな」
チャクラの言葉に、ソメコはけっこう本気で落ち込んだ表情を見せる。たしかに、詳しい事情もわからないまま憶測で割り込んだ形だったし、見当違いの正義感を振りかざしてしまったかもしれないと思う気持ちもわからなくはない。
でも、私は知っている。ダチりんとレイちゃむの当時の心情を。
「伝わってるよ! ……大丈夫、二人にはちゃんと、伝わってるから」
私はソメコの目を真っすぐに見つめる。
かつての私は、ソメコの善意を疑っていたけど、少なくともダチりんとレイちゃむは、ソメコに感謝しているようだった。それをソメコに伝えてあげることが、今回私がこちら側にいる意味なんじゃないかと思う。
「……だといいんだけどな」
ソメコは照れくさそうに私から視線を外すと、そのまま真っすぐに歩き出した。
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