10-4 ギャルとカラオケと私
「うちは、カラオケに行きたいんや!」
高校入学から半年ほど経ったある日の教室で、唐突にトロネが私たちに向かって宣言した。
「トロネちゃん、急にどうしたの~?」
「急やあらへん、うちはずっと、カラオケに行ってみたかってん。だって、高校生といえばカラオケやろ?」
どうやらトロネは、中学まで田舎の地域で育ったようで、近場にカラオケはおろか、まともな娯楽施設すらない環境だったらしい。それでこんなにカラオケへの憧れが強いのか。
「いいじゃんカラオケ、行こーよ!」
「チャクラはいいかもだけどさあ、おれ友達とカラオケ行ったことないから、どういう歌うたえばいいか、わかんねーんだよな」
意外にもソメコは、友達とカラオケに行ったことがないらしい。
「えっ、あたしも行ったことないけど?」
チャクラも、カラオケ上級者っぽい雰囲気を醸し出しておきながら、まさかの未経験ときた。
「……ちなみに、この中で誰かカラオケ経験者は?」
「…………」
私は以前、このメンバープラスギャルチームでカラオケに行ったことはあるけど、説明が面倒なので黙っておいた。そもそも、牛乳を求めて速攻抜け出したあれを、一回にカウントするのもどうかと思うし。
「じゃあさ、カラオケ行ってそうな人を誘って、盛り上げてもらえばいんじゃね?」
「それや! このクラスの中やと――」
「あの二人なんか、ぴったりじゃん!」
そして目をつけたのが、今ではすっかりギャルに変身したダチりん、レイちゃむの二人だった。
「まあたしかに、一緒にカラオケに行けば盛り上がりそうやけど、なんや派手な見た目やし、うちらとノリが合うかどうか……」
「大丈夫大丈夫。あたし仲良しだから、ちょっと声かけてくるよ」
トロネの不安を意に介さない様子で、チャクラが単身ギャルチームの方へ出かけて行った。
……前に私が向こう側にいたとき、チャクラが急にカラオケに誘ってきたのはこういう経緯だったのか。時を経て謎がひとつ解けたな。
それから、トロネの熱量に押されてその日のうちにカラオケに行くことになったり、ソメコとチャクラが四苦八苦しながら受付を済ませてくれたりと、当時の私が知らなかった事情がいろいろわかって面白かった。
「ダチりんもレイちゃむも、けっこう歌うまいねー」
「いやー、ソメコとチャクラほどじゃないっしょ」
かつてと同じく、ギャル二人とソメコ、チャクラは、すぐに打ち解けて盛り上がっていた。初めてのカラオケなのに、率先して歌っているソメコとチャクラはさすがだ。
一方で、あんなにカラオケに行きたがっていたトロネは、いざ来てみると緊張してぜんぜん歌えていないようだった。
以前私がギャルとしてここに来たときは、自分ひとりだけがこの雰囲気に馴染めていないような気がしてしまっていたけど、意外にみんな慣れないカラオケを頑張ってたんだなあ。
あの頃は気づけなかったみんなの様子を、少しだけ上から俯瞰して、妙にほほえましい気持ちになった。
カラオケって、こんなに楽しいものだったんだなあ。
まあ相変わらず、ドリンクバーに牛乳がないのだけは残念だけどね……。
「いくら探しても、牛乳はないからね~」
「わ、わかってるし」
ドリンクバーの前に立つ私に、ホリーナはあのときと同じく背後から話しかけてきた。ほんと、いつも私の心を読まないでほしいよ。
私自身、ギャルのダチりん、レイちゃむとは久しぶりに一緒に遊んだけど、ギャルグループにいた当時と変わらないノリで楽しく過ごすことができた。ギャルメイクをしてなくたって、どうやら今でも私の中にはギャルのマインドが息づいてるらしい。
もちろん、今回は途中で牛乳を求めて抜け出すようなこともなかった。もうあんな身勝手な行動をするほど私は子供じゃないし、自分にとって何が大切なのかもちゃんとわかってるからね。
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