10-5 キバさん

 なんだかんだで、私がイケてるグループに混ざって高校生活を送るようになって、もう半年以上になる。

 こんなにキラキラした人たちと一緒に過ごすなんて、ぼっちだった昔の私なら考えられないことだったけど、一度混ざってしまえば意外とその場の色に染まっていくらしい。

 それもこれも、初日にホリーナが私をお昼に誘ってくれたおかげだ。


 もちろん、料理部の活動の方もつつがなくこなしている。壊滅的だった私の料理スキルも、ホリーナの厳しくも優しい指導のおかげで、メキメキ上達していた。

 ほんとに、ホリーナさまさまだね。


「ほな、うちはお先に失礼するわー」


 今日も部活が終わり、トロネは用事があるとかで先に帰宅した。


「今日のボルシチも、美味しくできたね。私もけっこう、料理上達したでしょ?」


「何にでも牛乳入れようとしなければね~」


 残された私とホリーナの二人も、談笑しながら帰り支度をする。


「最近はホリーナに怒られるから、自重してるしー」


「わたしよりも、ミルクの神様に怒られるんじゃない?」


 ――その瞬間、ふと私の頭に在りし日の光景がよぎる。

 あれは小学一年生の給食の時間。私に「ミルクの神様」の話をしてくれた女の子、キバさん。なぜだか、当時のキバさんと目の前のホリーナの姿が重なって見えた。


「あのさ、ホリーナってどこの小学校に通ってた?」


 気づけば私の口から、そんな言葉がこぼれていた。そんなはずはないと思いつつも、確かめずにはいられなかった。


「うーん……わたし、親の都合で転校が多かったから、どこって言えばいいか微妙なんだよね~。……でもなんで?」


「その……ごめんね、急に」


 淡々とした口調のホリーナを前に、私は口ごもる。彼女の家庭事情についてはよく知らないけど、こういうデリケートな話題は、あまり深く詮索するべきじゃないだろう。


「じゃなくて、なんで聞いてきたの?」


 この話をさっさと切り上げようとした私を、ホリーナは真剣な眼差しでじっと見つめる。まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、私はその場から動けなくなった。

 もしかして、軽く彼女の地雷でも踏みこんじゃったかな……。ちゃんと、誤解という名の爆弾を解除しておかないと。

 このまま逃げられそうにないと思った私は、正直に白状することにした。


「いや、変な話なんだけど……小学生の頃、私が牛乳を好きになったきっかけをくれた子がいてね。その子が、ホリーナに似てるなあと思ってさ。まあ名前が違うから、別人なんだけどね」


「その子って、どんな子だったの?」


「うーん、かなり昔のことだから、はっきりとは覚えてないんだけどね。でも、あの頃の私にとっては、すごく大きな存在だったんだ。ひとりぼっちだった私に、初めて声をかけてくれて、友達になってくれた子だったから」


 まさに、今回の高校生活初日に声をかけてくれた、ホリーナみたいな。そういうところも、当時のキバさんの姿と重なる。すると、目の前の少女は穏やかな口調で話し始めた。


「そっか。……わたしね、親の都合で転校が多かったって言ったでしょ。それで苗字も変わってるんだよね。……前の名前はキバ。木場きばナナセだよ」


 突然すぎて、まだ理解が追い付かない。


「えっ……それって……じゃあまさか」


「ミルクの神様には会えた?」


 その瞬間、私の中の記憶の糸は、目の前の少女と繋がった。


「――キバさん!?」


「遅いよ~、やっと気づいたの? あの頃けっこう仲良くしてたのに、忘れてるなんてひどいな~」


 言葉よりも先に体が動く。

 気づいたときには、私は目の前のホリーナ……もとい、キバさんを抱きしめていた。


「ごめんね、すぐに気づけなくて。長い間、ずっと待っててくれたんだね」


「まあ長いっていっても、わたしたち再会して半年ぐらいだけどね~」


 ――彼女にとっては半年でも、私にとっては数年だ。

 高校に入って最初に教室で出会ってから、タイムトリップを繰り返して、ずっと同じ空間で過ごしてきた。重ねた月日の重みが違う。


「キバさんー、ずっと会いたかったー! 会って話したかったよー! あとお礼も言いたかった。ああもう、今日は高校生活の中で一番嬉しい日だよー。もう絶対離さないからねー!」


 これまでの想いが溢れ出して感極まった私は、涙ながらに言葉を吐露し続けた。


「ええ、泣くほどなの~? そこまで想ってくれてたなんて、普通に嬉しいっていうか……もしかしたら忘れられてるかも、って思ってたわたしがバカみたいじゃん。ああもう、やだやだ、なんかこっちまで泣けてきちゃうよ~」


 二人きりの調理室の中は、まるで結界が張られたみたいに、外界の音も気配も、すべてを遮断していた。邪魔なものが何ひとつ入り込む余地のないその空間で、私たちはこれまでの空白を埋めるかのように、ずっと抱きしめ合っていた。

 大袈裟かもしれないけど、これまでタイムトリップを繰り返してきたのは、この瞬間のためだったんじゃないかとさえ思った。




「――って感じで、私とナナセは運命的な再会を果たしたってわけ」


「ただ小学生のとき仲良かったってだけだよ。ミルクは大袈裟に語りすぎなんだから~」


 私は教室でソメコ、チャクラ、トロネの三人に、ホリーナ改めナナセとの馴れ初めを熱弁していた。


「いやーほんま、世界は狭いっちゅうことやなー」


「ってか、もう半年だぞ。もっと早く気づかないもんなのか?」


 ソメコは手厳しいなあ。たしかにすぐ気づけなかったのは、私の不徳の致すところではあるけどさ。


「だって、前は木場さんだったのに、再会したら堀さんになってるんだもん。まあそれでも気づいた私がすごいって話なんだけどね」


「わたしが、ちょこちょこヒント出してあげたからだけどね~」


 たしかに思い返してみると、謎に牛乳いじりしてきたりとか、不自然に「ミルクの神様」を話題に出したりとか、けっこうあったなあ。


「ホリーナは、気づいてたんなら言えばいいだろ? おれだったら、速攻で話すけどな」


「わかってないなー、ソメコは。ホリーナは、ミルミルに忘れられてたらどうしようって、不安で打ち明けられなかったんだよ。再会を喜んでるのはわたしだけなの? わたしのこと好きじゃないの? あんなに仲良くしてたのに! ……っていう、ホリーナの乙女心を理解してあげなよ」


 チャクラは、まるでナナセの気持ちを代弁するかのように自信ありげに語った。


「いや、別にそんなんじゃ――」


「ナナセー、そんなに私のことを想ってくれてたんだねー。大丈夫だよ、もうどこにも行かないからねー」


「ちょっとくっつかないでよ、恥ずかしいでしょ~」


 私はナナセを抱きしめながら、素直な想いを伝えた。照れてる顔も近くで見るといっそう可愛い。


「はいはい、もう二人でご勝手に」


 すっかり蚊帳の外に追いやられた残りの三人は、ちょっと呆れ気味だったけど、そんなことは気にしない。好きなものを好きと主張することの大切さは、以前のタイムトリップでも学んだからね。

 私は同じ教室内のオタク女子たちをこっそり見やり、小さく微笑んだ。

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