10-2 飲んでみるまで牛乳の味はわからない
「今日の課題は、みんな大好き肉じゃがでーす。グループのみんなで、協力して作ってねー」
料理部では、毎回異なる課題料理をグループに分かれて作ることになっているらしい。
今日は私が料理部に入って、初めての本格的な調理実習の日。顧問の五十嵐先生から言い渡された肉じゃが作りに、ホリーナ、トロネとともに挑むことになる。
「よっしゃ、いっちょやったるか。……ほんで、まずは何をすればええんや?」
トロネはやる気満々だが、料理にはあまり詳しくないようで、開始早々ホリーナに投げかける。
「まずは――」
「まずは野菜を洗って、切るところから。……だよね、ホリーナ」
私はホリーナの言葉を遮って、林間学校のカレー作りのときに聞いた知識をドヤ顔で披露した。カレーも肉じゃがも、だいたい工程は同じはずだ。
「……うん。あってるよ、ミルミル。ミルミルの言う通りだよ。すごいね、ミルミル」
私が急に割り込んで発言したせいか、なんとなくホリーナが機嫌を損ねているように感じた。
……そういえばカレー作りのときは、調子に乗りすぎてホリーナをめちゃくちゃ怒らせたっけ。料理の場においては、なるべく彼女の神経を逆なでしないように努めよう。
「ほんなら、ニンジン、タマネギ、ジャガイモがあるんやし、三人で分担しよか」
「そうだね~。じゃあ、わたしはニンジンをやるから、トロネちゃんはタマネギ、ミルミルはジャガイモをお願い」
「まかしときー」
……ジャガイモか、大丈夫かな?
でも、ホリーナの言うことは絶対。これはもう、やるしかない。
とりあえず私は、ジャガイモを手に取る。同じ失敗を繰り返さないためにも、今回はちゃんと詳しい切り方を聞いておこう。
「ねえホリーナ。ジャガイモって、どうやって切ったらいいかな?」
「うーん、なんかごろっとした感じならオッケーだよ。ちょっと大きめでも、煮込んじゃうから大丈夫だと思う」
それは前にも聞いた。聞きたいのは、もっと丁寧かつ具体的なアドバイスだ。
「……ホリーナ。私を小学生だと思って、もっと優しく丁寧に教えてくれないかな?」
言った後で、ちょっと図々しい物言いになってしまったかもしれないと反省する。
そんな私のことを、ホリーナは一瞬目を丸くして見てきた。そして、しばらくじっと私の目を見つめた後、何か納得したような様子で口を開く。
「は~い、ミルクちゃん。まずは、ジャガイモを洗ってね~。洗剤は使っちゃダメだよ~」
どうやらホリーナは、私をバカにする方向に舵を切ることを決めたようだ。でも、ホリーナの言うことは絶対。ここは素直に従おう。
「そんな難しいことあらへんって。料理なんて、適当に切って煮込んで味つけとけばええんちゃうか?」
「トロネ、それは危険だよ。適当に作って、美味しくない肉じゃがになったらどうするの? ホリーナがブチ切れちゃうよ?」
楽観的なトロネに対して、私は警鐘を鳴らしておいた。一度身をもって経験したからわかるけど、ホリーナは怒らせない方がいい。
「え~、そんなことで怒んないよ~。わたしって、そんなイメージなの~?」
「たしかに、おとなしそうな子ほど、切れたらヤバいゆうしな」
「もうトロネちゃんまで~。わたし、余程のことがない限り怒らないからね。例えば、完成した肉じゃがに、牛乳を入れ始めたりとかさ~」
「そんなアホなことするやつおるかいなー」
……それ、前回カレーでやりました。
ホリーナ、そうとう根に持ってるみたいだなあ。
……あれ? でもあのときのことは、今のホリーナは知らないはずだよね?
そういえば、なぜか私が牛乳好きなことも知ってた風だったし……これって偶然?
私の名前が「ミルク」だから、牛乳いじりしてきてるだけかな?
そうでないなら、もしかしてホリーナにはタイムトリップ前の記憶があるとか……?
とらえどころのない彼女の表情から、その真偽を判断することはできなかった。
「ほんでな、ミルミルがほんまに、肉じゃがに牛乳入れよってん」
「いや、ちょっとした隠し味のつもりでね……」
「ぜんぜん隠れてなかったけどね~」
料理部で肉じゃがを作った明くる日の昼休み、私たちイケてるグループはお弁当を食べながら談笑していた。
「ミルミル、牛乳はないわー」
「チャクラに言われたくないし。私より料理できんの?」
ミルク肉じゃがをバカにしてきたチャクラに、私が反発する。するとすかさず、ソメコがチャクラのフォローに回った。
「こう見えて、チャクラは料理得意だぜ。弁当も自分で作ってるしな」
まさかチャクラが料理上手で、お弁当まで自分で作ってるとは意外すぎる。
「チャクラが料理得意なんて、信じられへんわ。イメージと違いすぎるやろ」
トロネも私と同じ感想だったようだ。
「失礼だなー。人は見た目じゃないんだよ」
という感じで、チャクラの意外な一面で盛り上がっていると、不意に私たちの輪の外から小さな声が投げかけられた。
「あの……染山さん、これ」
そこには、紙パックのジュースを差し出すミズキの姿があった。
「おっサンキュー、はいこれお金ね」
「うん、じゃあ私はこれで……」
「せっかくだし、ちょっと話してかない?」
「いや……大丈夫」
ソメコの誘いを断り、ミズキはジュースを渡してそそくさと立ち去った。
――そういえば、ミズキはソメコにパシられてたんだよね。
ソメコに悪気はないみたいだけど、ミズキのためにもここはやめさせないと。
「あのさ、魚田さんにジュースを買いに行かせるのは、やめた方がいいんじゃないかな? なんか嫌がってたみたいだし」
「そんな嫌がってたかな?」
こういうのは、やってる方は気づかないものなんだよね。
「絶対そうだよ。やめた方がいいよ!」
私は少し強めの口調で言葉をぶつけた。
「まあまあ、ミルミル落ち着いて。ソメコは素直じゃないから、好きな子にちょっかい出したくなっちゃうんだよ」
今度はチャクラが、ソメコのフォローに回る。
「は? ちげえし、別にそんなんじゃねえし」
ソメコは照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「コンちゃん、魚田さんがお昼にひとりだったのを見て、ほっとけなかったんだよね~」
「なんや、そやったんか。優しいとこあるやん」
「だから、ちげえって言ってんだろ! やめろ、そんな温かい目でこっちを見んな!」
ホリーナとトロネにもフォローされたソメコは、必死で反論していた。
どうやら、私が休んでいた最初の一週間で、孤立していたミズキを見かねてソメコが声をかけたという経緯があったらしい。当のミズキには、ソメコの不器用な優しさがまったく伝わってないのがなんとも悲しい限りだ。
「ソメコ……私が間違ってたよ。人は見た目じゃないんだね」
私はソメコのことを誤解していたみたいだ。口は悪いし、不器用だけど、その根っこには優しさが隠れていた。
もしかして、以前の世界でミズキや私に対して嫌がらせをしてきた犯人はソメコなんじゃないかと疑っていたけど、今の彼女の様子を見る限り、とてもそうは思えない。見えている範囲だけで、彼女のことを疑っていたことが、なんだか申し訳なくなってくる。
――牛乳だって、飲んでみるまでその味はわからない。
表面だけを見て、その人の本質を判断するのはやめようと、私は改めて心に誓った。
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