Trip10. スープ
10-1 イケてる女子グループ
「――じゃあ、簡単に自己紹介してもらえる?」
この光景も、これで見納めか……。
「白野ミルクです! よろしくお願いします!」
きちんと席に座ってこちらを見ているクラスメイトたちに、これまで以上に元気よく自己紹介をして、私は自分の席に向かう。
これが、最後のタイムトリップだ。前にも同じような決意をして高校生活に臨んだことがある気もするけど、今回こそほんとに最後にする。ここ最近は、やむにやまれぬ事情で時空ミルクを飲んじゃってたけど、もうあんなことにはならないはずだ。
――そして私は、今後の運命を決める昼休みを迎える。
これが最後だと思ったら、慎重に行動せざるを得ない。
うーん、いったい誰に話しかければいいんだろう。
……あっそういえば、お昼買っとくの忘れてた。
急いで今から買いに行くべきか、それとも誰かを誘って一緒に行くべきか……。
「あの……よかったら、一緒にお昼食べない?」
私が自分の席から動けずにうだうだ思い悩んでいると、不意に誰かに話しかけられた。
そういえば、以前もまったく同じことがあったな。初日の昼休み、同じような内容で話しかけてくれたっけ。
私は顔を上げて、目の前の人物を確認する。そこにいたのは、ミズキ……ではなく、堀さんだった。
……あれ? これはどういうことだ?
私はタイムトリップ前と何も行動を変えていないはずなのに、なぜ周りの人の行動が変わったんだろう?
もしかして、同じように見えるけど、実はまったく別の世界に飛ばされたとか?
私は改めて、今日のここまでの出来事を思い返す。だが、今日の天気も授業の内容も、違うところなんてひとつもないように思えた。
……となると、考えられるのは、私が無意識に行動を変えてしまっていたという可能性か。
たしかに、私は当時とほぼ同じように行動はしたけど、まったく同じかと問われると微妙だ。自己紹介の言葉が一言一句一致している自信はないし、教室を歩くときの歩幅や呼吸の回数なんかは、どう考えても違っている。
そんな些細な変化が他人の行動に影響を及ぼすとは思えないけど、小さな蝶の羽ばたきが巡り巡って嵐を起こすことだってある世界だ。ありえないとは言いきれないだろう。
「あっごめんね、急に誘っちゃって。都合悪いなら……」
「ううん、大丈夫。一緒に食べよ!」
堀さんが引き下がってしまわないうちに、私は誘いを受け入れた。考えてもわからない問題は、とりあえず飛ばして次の問いに移るのが鉄則だ。
私は堀さんを始め、染山さん、茶田さん、峰須さんの四人と一緒に購買まで来ていた。
「白野さん、今日初日だから、うちらが奢ってやるよ」
そしてよくわからないうちに、イケてるグループ特有のノリで、みんなが私のお昼を買ってくれることになった。こういうのをサラっとやってのけるのが、この人たちのすごいところだよね。
「はいこれ」
「ありがとう」
私は茶田さんから、惣菜パンを受け取る。
「それからこれも~。好きでしょ、牛乳~」
「うん、めっちゃ好き」
私が何も言っていないのに、堀さんは牛乳を買ってきてくれた。
数ある飲み物の中から牛乳をチョイスするとは、よくわかってるなあ。
もしかして、私の顔から牛乳好きオーラがだだ漏れちゃってたかな?
……いや、ただ私の名前が「ミルク」だから、そうだと決めつけられただけか。
そして私たちは、近くのテーブルにそれぞれの昼食を広げる。染山さんと峰須さんは、私と同じく購買で買ったパン、堀さんと茶田さんはお弁当を持参していた。
「じゃあ、とりあえず自己紹介ね。あたしは、茶田クラム。あだ名はチャクラ、よろしくー」
「おれは、染山コン。ソメコでいいぜ。ちなみにチャクラとは、おな中な」
「うちは、峰須トロネや。ほんでこっちは堀ナナセ、通称ホリーナ。よろしゅう」
「ちょっと~、トロネちゃん。変なあだ名、勝手に広めないでよ~」
「ええやん。なんや語呂ええし、もう定着してきてるで」
四人は慌ただしく自己紹介をしてくれた。初対面だったら、たぶん全員の名前を覚えきれなかったと思うけど、みんなの名前は事前に嫌というほど予習済みだから問題ない。
「みんなよろしく。そっち二人は同じ中学だからわかるけど、あとの二人はなんで仲良くなったの?」
私は、以前からずっと気になっていたことを、ずけずけと尋ねた。トロネは、関西のノリが賑やかな二人と合ってそうだからなんとなくわかるけど、大人しそうなホリーナまで混ざってるのは、どういう経緯からなんだろうか。
「なんでって、そりゃまあ……席が近かったからだろ」
まずはソメコが、あっけらかんと答えた。それに対して、チャクラが補足する。
「……と、染山は申しておりますが、ほんとは教室で不安そうにしてたこの二人を、ほっとけなくて声をかけたんでしょ?」
「せやな。うちは、高校からこっちに越してきたさかい、知り合いがおらんで困っとったし、ありがたかったわ」
「わたしも、中学校はこの辺じゃなかったから、コンちゃんが話しかけてくれて嬉しかったな~」
なるほど、トロネとホリーナは最近この辺りに引っ越してきたから、クラスに話せそうな人がいなくて、そんな二人にソメコが絡んでいったと。たしかに、物怖じしないタイプのソメコなら、大人しくしていた二人に強引に声をかけても不思議じゃない。
「は? 別にそんな深い理由はねえからな。近くの席のやつに話しかけるのなんて、普通だろ。じゃあこの話はもう終わりな」
三人にからかわれたソメコは、そっけない態度で話を終わらせた。
実際のところ、ソメコはトロネとホリーナを気遣って話しかけたのか、それとも当人の言う通り、たまたま近くにいたから話しかけただけなのか。正直言って、彼女がどういう人間なのか判断できるほど、私は彼女のことをよく知らない。
「そういえば、ミルミル、部活はどうすんの?」
そして、話題を変えたチャクラが、こちらに投げかけた。
「ミルミル?」
「そ、ミルクだからミルミル。……で、部活は何入るか決めてる?」
チャクラは、サラッと私のあだ名をミルミルに決めてしまったようだ。特に呼ばれ方にこだわりはないから別にいいけど、初対面にしては距離の詰め方が爆速すぎやしませんか。今の私じゃなかったら、そうとう戸惑っただろうな。
「部活かー、どうしよっかなあ……」
これまでの高校生活で、こういったやり取りにも幾分慣れてきている私は、平然と会話を続ける。
「決まってないならさ、バレー部とかどう? あたしと一緒に、全国目指してみないかい?」
「いやあ、私には向いてないかなあ……」
バレー部は前に一度入って失敗してるから、もう御免こうむりたい。それに、私が入部すると全国大会にも行けなくなるしね。
「ミルミルは、運動部って感じじゃなくね? なんか鈍くさそうだし」
ソメコは初対面なのに、けっこう酷いことを言ってくる。流れで今は一緒にいるけど、こういう形じゃなかったら、絶対相容れないタイプだ。
「じゃあ、料理部に入らない? わたしとトロネちゃんも入ったんだよ~」
「料理部ねえ……。私、ぜんぜん料理できないんだけど、大丈夫かな?」
「かまへんかまへん。うちも料理なんてせえへんけど、なんや楽しそうやなあってノリで入っただけやし」
林間学校のカレー作りのときにも実感したけど、私の料理の腕は本当に絶望的だ。どこかで克服したいとは思っていたから、これはいい機会かもしれない。
「じゃあ私、料理部に入ろっかな。食べるの好きだし!」
「おう、一緒に美味しいもの食べまくりや!」
料理部への入部を決めた私をトロネが歓迎する。
「食べるだけじゃなくて、ちゃんと作る方もやるんだからね~」
ホリーナに釘を刺されたからには、お食事気分で部活に行くというわけにはいかないな。もとより、そんなつもりはないんだけど。
「いいなー、うちらもお腹空いたら顔出そうぜ」
「それあり!」
「もう、コンちゃんとクラムちゃんまで~。料理部は、レストランじゃないんだからね~」
ソメコとチャクラなら、ほんとにつまみ食いしに押しかけてきそうだ。まあそれはそれで、ちょっと楽しそうだけど。とりあえず、今回は割とノープランで高校生活を始めたけど、今まで以上に順調にスタートを切れた気がした。
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