Trip12. ミルク
12-1 在りし日の記憶
「――みなさん、入学おめでとうございます。このクラスの担任を受け持つことになりました、五十嵐です」
入学式を終えて教室に集められた新入生の私たちに向かって、担任の五十嵐先生が元気よく挨拶をした。
本来、入学初日に私はこの場にいなかったはずなのに、流れ込んでくる記憶は当たり前のように事実を上書きしていく。
「私、酒井アマナ。ほら、小中と一緒だった……覚えてる?」
「……うん、もちろん覚えてるよ」
そうだ、入学初日の教室で私に最初に話しかけてくれたのは、酒井さんだった。
まだ仲良しグループが形成されていない教室内で、なんとなく同じ中学出身の人たち同士で固まっている中、居心地の悪さを感じていた私に声をかけてくれたのが、酒井さんだ。
****
「クラス委員長、誰かやってみたい人はいない?」
「……あの、誰もいないなら、私やりますよ」
入学から一週間が経過した始業前の教室で、例のごとくクラス委員長決めが行われた。そしてまた例のごとく、誰もいないならと酒井さんが立候補して委員長に決まった。
「すごいね酒井さん、自分からクラス委員長に立候補するなんて」
入学初日に話をしてから、すっかり打ち解けた酒井さんに、私は称賛の言葉を投げかける。
「別にすごくないわ。誰かがやらないといけないことだし、私がやらなくても、きっと誰かが手を挙げてたはずよ」
「いやいや、誰にでもできることじゃないよ。私なんて、指名されても断固拒否するつもりだったし」
「なるほど、誰かを推薦するって手もあったのね。だったら白野さんに押し付けちゃえば良かったわ、残念」
「危ない危ない。まあ委員長はお断りだけど、もし酒井さんが委員長の仕事で困ったことがあったら協力はさせてもらうからさ。何かあったら、いつでも言ってよ」
「じゃあ遠慮なく、今後は委員長として存分にこき使わせてもらおうかしら」
****
「酒井さんって、いつも委員長の仕事を完璧にこなしてて、すごいよね。しかも成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能と、三拍子揃ってるんだから、この世は不平等だよ。天はいったい何物を与えるんだって話だよね。あー私も酒井さんみたいになれたらなあ」
「それはこっちのセリフよ」
「えっなに? 酒井さん、私みたいになりたいの?」
「だって白野さんは……私の憧れだから。ほら、私たち小学一年生のとき、同じクラスだったでしょ」
「……そうだっけ?」
「そうなの。……それでね、当時の私は牛乳が苦手で、給食の時間にいつも居残りさせられてたの。でもある日、いつものように私が牛乳を飲めずに困ってたら、白野さんが私の牛乳を代わりに飲んでくれたのよね。そんな白野さんを見て思ったの、私もこんなふうに、誰かを助けられるようになりたいなあって。……それからずっと、私にとって白野さんは、憧れの存在なのよ」
「えっ、そんなことで私に憧れちゃったの?」
「当時の私にとっては、大きなことだったのよ」
「なるほど……じゃあ今の立派な酒井さんがあるのも、全部私のおかげってことだね。ほらほら、もっと私のことを敬ってくれてもいいんだよ?」
「……やっぱ今の話はなしで。もし過去に戻ってやり直せるなら、白野さんに憧れる自分をなかったことにしたいわ」
「もう、照れちゃってさー。小学生のときから私のことが大好きだったなら、もっと素直になればいいのに。これからも仲良くしようよ、アマナ」
「ちょっと……急に名前で呼ぶの、なんかずるくない?」
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「委員長ー、次のテストどこが出るか教えてー」
「そんなの自分で考えなさいよ、委員長だからって、そこまで世話する義理はないわ」
「えー、そんなこと言わないで助けてよー。ほら親友として……ね、アマナ」
「親友ねえ……まあそういうことにしといてあげるわ。でも、親友なら尚更、甘やかすわけにはいかないわね、ミルク」
「そんなあ、困ったときに助けてくれるのが、親友でしょ?」
「まったく、私が困ったら助けてくれるって話だったはずなのに、結局いつもこっちが頼られることになるのよね」
そう、私はいつも委員長で親友のアマナに頼ってばかりだった。
****
「アマナ、最近疲れてそうだけど、大丈夫?」
「別になんともないわ。ミルクは人の心配よりも自分の成績を心配したら?」
「言われなくてもわかってるしー」
なんとなくアマナの様子がおかしいような気はしていた。でも、このときの私はあまり深刻に考えていなかった。
困ったときには助けるって言ったくせに、私は彼女に何一つしてあげられなかった。
そして、それからしばらく経って、アマナは学校に来なくなった。
常に周囲からの期待に応えようと、勉強やスポーツ、それ以外のあらゆることに全力を注ぎつつ、委員長としての責務もまっとうしようと、過剰に自分を追い込んで生活する日々に疲弊してしまったことが原因だったようだ。
責任感の強い彼女は、誰にも相談できずに自分の中に抱え込んでいたんだろう。
当時の私は一番近くにいたはずなのに、どうして気づいてあげられなかったのだろうか。
その後、彼女がどうなったのかまでは、記憶があいまいでよく思い出せない。
おぼろげに流れ込んでくる記憶によると、最終的には私の机の周りに牛乳がまき散らされて、傷心の私はふらふらとさまよっている最中、何の因果か時空ミルクと巡り合うことになったようだ。
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