Trip9. ミルメーク

9-1 野球しようぜ

「白野ー、野球しようぜ!」


 突然、ボーイッシュな雰囲気の可愛らしい人物に声をかけられて、私は戸惑った。これまでと状況が違いすぎて、一瞬まったく知らないアニメの世界にでも飛ばされたのかと思ったけど、一応ここはいつもの教室のようだ。

 そしてよくよく観察すると、声をかけてきたのが私の見知っている人物だと気づく。


「……ミズキ?」


「ああ。僕は、魚田ミズキだよ」


 雰囲気は男の子みたいだけど、目の前にいるのは、たしかに魚田ミズキのようだ。


「……っていうか、なんで野球?」


 思ったことを、つい口走ってしまった。だって、あまりにも意味不明過ぎるんだもん。


「野球を侮ることなかれ。アニメでも、突然野球回が始まると名作になると言われているのだよ。一説によると、野球回の出来次第で、その作品の評価が決まるとか決まらないとか……」


 なぜか突然語り出したのは、二次元オタクの小浦氏だ。見た目は男っぽいけど、しゃべり方ですぐわかった。


「野球やらないなんて、マジありえなくね? モチやるっしょ?」


 立て続けに口を開いたレイちゃむも、ミズキや小浦氏と同じく男っぽくなっていたけど、髪の毛や化粧の特徴で難なく判別できた。

 私は改めて、クラス全体を見渡してみる。そこにいるのは、お馴染みのクラスメイトたち。ただ、なぜか全員男装しているみたいだ。別に文化祭の出し物でコスプレしてるってわけでもなさそうだし、たぶんこれはそういう世界なんだろう。


 また変なところに飛ばされちゃったなあ。

 そういえば、時空ミルクにアレンジを加えるなって、乳神様が口を酸っぱくして言ってたっけ。

 とはいえ、ちょっと味変しただけで、こんなめちゃくちゃなことになるかねえ。

 ……まあ、これはこれでちょっと楽しそうだし、もう少しだけこの奇妙な世界を堪能しようかな。なんて、呑気なことを考えていたときだった。


「おいおめえ、何こっち見てんだ? ぶっ飛ばされてぇのか?」


 突然ゴリゴリのヤンキーから、いわれのない恫喝を受けて、私は縮み上がる。詰め寄ってきたその顔をよく見ると、それは委員長の酒井さんのようだった。私の知っている、真面目で優等生の酒井さんとかけ離れすぎているせいか、より一層怖さが増して見える。

 ……なんか、この世界に長居していると、私の頭がおかしくなりそうだ。

 この先何が起こるかわかったもんじゃないし、変なことにならないうちに、やり直した方がいいかもしれないな。

 私はそっと教室を抜け出し、例のミルクを求めて馴染みの店へと向かった。




 ……私は悪い夢でも見ているのだろうか。いや、実際そうなのかもしれないけど、これは受け入れ難い光景だ。

 かつて乳神商店のあった場所に立ち尽くし、私は呆然としていた。まさか、こんなに綺麗な更地になっているなんて。


 ……いやこれ、普通にやばくない? 

 タイムトリップできないじゃん。

 もしかして詰んだ?


 徐々に冷静になってきた私は、事の重大さを実感し始める。時空ミルクが手に入る限り、何度でもタイムトリップできるって聞いてたのに、まさか店ごとなくなるパターンがあるなんて想定外だよ。

 ……とりあえず、いったん学校に戻ろう。

 ひとりでいるのが不安になってきた私は、何かのヒントを求めるかのように、学校へ引き返した。




「白野ー、どこ行ってたんだよ! もうみんな、グラウンドに集まってるぜ! 早く着替えて来いよ!」


 教室に戻ると、ミズキが私に野球のユニフォームを手渡して、忙しなく去っていった。

 ――ああ、結局野球はやることになるのね。

 教室にひとり取り残された私は、しぶしぶユニフォームに着替えることにした。とりあえず、今は流れに従ってみるしかなさそうだ。


 ユニフォーム姿の私がグラウンドに到着すると、既にクラスメイトたちはそれぞれの守備位置についていた。


「遅いぞ白野。もう試合始まるから、守備につけよ」


 ベンチにいる男勝り……というか完全に男の堀さんに乱暴に促され、私はたじろいだ。話が急展開過ぎて、ぜんぜんついていけないって。


「あの……状況がまったくわかんないんですけど……?」


「おいおい、今からクラス対抗野球大会の決勝戦だろ? 優勝商品の時空ミルクを手に入れるために、みんなで頑張ってきたじゃねえか」


 堀さん、説明ありがとう。

 ……いや今、とんでもないことをサラッと言ってたよね? 

 この野球の試合に勝てば、時空ミルクがもらえるってこと?

 ――突如として光明が見えたな。


「ほらー、早くしろよー!」


 サードの守備位置から、ミドリが大声でこちらに呼びかける。とにかく、私が守備につかないと試合が始まらないようだし、行くしかないか。

 私は唯一無人となっていた、ライトの守備位置まで走った。

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