Trip8. 抹茶
8-1 勤勉少女
「――じゃあ、簡単に自己……」
「白野ミルクです。よろしくお願いします」
今度はちゃんと自己紹介した。ちょっとフライング気味だったけど、名乗らないよりはいい。
いつものように教室を見渡したら、春の日差しを反射する綺麗な金色が視界に入ったけど、私はあえて視線を向けなかった。
もうあんな間違いがあってはならない。今回は真面目に生きよう。ちゃんとサボらず授業に出て、勉強をして、優等生になるんだ。たとえのその結果、友達ができなかったとしても、それはそれで実りある高校生活になるはずだ。
――こうして私は、勤勉少女としての道を歩むことを決意した。
初日の授業は、耳にタコができるほど聞き飽きた内容で、本当に退屈だったけど、それでもちゃんと真面目に聞くことにした。名作映画なら何度観ても楽しめるけど、こんななんでもない授業のシーンなんて、一回目ですら眠くなるんだよなあ。
あまりに退屈だったから、英語の授業では、先生が板書でスペルミスをした瞬間にノータイムで指摘してみた。ほんとは酒井さんの役目だったのに、ごめんね。
そして、長かった午前中の授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く。
授業に集中するあまりお昼を買い忘れていた私は、購買へと向かうためひとり教室を後にした。
……本当はこの初日の昼休みのタイミングで、どこかのグループに混ざらないと友達作りは絶望的なんだけど、今回ばかりはしょうがないよね。
何はともあれ、購買で無事に牛乳と惣菜パンを購入した私は、どこで食べようかと辺りを見回す。すると、ちょうどお昼を買い終えたであろう、ひとりのクラスメイトの姿が目に留まった。それは、クラス一のガリ勉、町屋さんだった。どうやら、彼女もひとりでお昼を買いに来たらしい。
ちょうどいいや。今回私は、真剣に勉学に励むつもりだから、クラスで一番頭のいい町屋さんと友達になっておいて、損はないだろう。
仲良くなるための第一ステップとして、まずは一緒にお昼を食べようと、私は町屋さんの方に近づいていく。だが、彼女は私の存在に気づかないまま、そそくさと反対方向へ歩いて行ってしまった。
そういえば、町屋さんって、いつもどこでお昼を食べてるんだろう?
教室に向かっているわけじゃないみたいだけど……。
とりあえず私は、少し離れて町屋さんの後を追いかけることにした。ちなみに、これは断じてストーカー行為ではない。彼女の歩くペースが早くて、追いつけないだけだ。
ここって……そういうことだよね。
町屋さんを追いかけてたどり着いた場所は、私にとっても馴染み深いところだった。お昼に来るのは、なるべく避けたい例の場所……そう、トイレだ。しかもここは、かつての私が昼休みに通っていたのと同じトイレじゃないか。
わざわざこんな遠くのトイレまで来るってことは、たぶん私と同じ理由……いわゆる便所飯のためなんだろうな。まさか町屋さんが、便所飯仲間だったなんて。しかも、私より先輩だったとは驚愕の事実だ。
でもたしかに、町屋さんがほかのクラスメイトとつるんでるところは見たことないもんな。そういう意味では、お昼をひとりで食べてても不思議はないか。
……でも、便所飯はさすがに見過ごせないよね。ここは、私が連れ出してあげないと。
そう思って、閉まっている個室の前まで行き、扉をノックしようとしたが、私はすんでのところで思いとどまる。
いや、町屋さんもクラスメイトに見つかりたくないから、こんな遠くのトイレまで来てるんだよね。だったら今、私に便所飯してるところを見られるのは、絶対嫌なはず。私にはわかる、だってかつての私がそうだったんだから……。
私は今日のところは声をかけることはせずに、馴染みのトイレを後にするのだった。
「ねえ、一緒にお昼食べない?」
翌日、昼休みが始まると同時に、私は町屋さんのもとへ駆けつけた。
「あの……ごめんなさい」
私が声をかける前から立ち上がりかけていた町屋さんは、そのまま素っ気ない態度で私を振り切るように教室を出ようとする。
――だが、ここで引き下がる私ではない。
「もしかして、購買にお昼買いに行くの? じゃあ、私も一緒に行くよ」
私は、勝手に彼女について行くことを宣言する。多少強引だけど、こういうのも時に必要だということを、私は過去の高校生活の中で学んできた。
もし、町屋さんが単純にひとりで過ごすのが好きなタイプなんだとしたら、今の私の行動は、彼女にとって迷惑極まりないことだろう。だとしても、私には彼女がトイレでお昼を食べることを望んでいるとは思えなかった。……少なくとも、便所飯経験者の私はそうだったから。
「ごめんねー、無理やりついて来ちゃって」
私は町屋さんにくっついて購買まで行き、そのままの流れで近くのベンチで一緒にお昼を食べ始める。ひとまず、便所飯を防ぐことには成功して一安心だ。
「……別に大丈夫」
町屋さんは終始うつむいたままで、口数も少ない。コミュニケーションが極端に下手くそなその姿は、まるで昔の私を見ているようで、放っておけない気持ちになる。
「町屋さんは、どこかの部活には入ったの?」
「いや、特には……」
「そうなんだー、じゃあ放課後は何してるの?」
「……図書室で、勉強とか」
「勉強かー、すごいなあ。町屋さんは勉強好きなの?」
「別に好きじゃないけど、ほかにすることないから……」
友達がいないと、放課後にすることがないっていう気持ちは、痛いほどわかる。
私も暇で暇でしょうがなかったもん。
私の場合は牛乳に傾倒していたけど、町屋さんの場合はそれが勉強だったようだ。
「私も放課後暇だからさ、今度勉強教えてよ」
「いや、私そんなに頭良くないから……」
それは謙遜が過ぎる。この先ずっと、クラス一位の成績をキープし続けるというのに。まあ嫌味とかじゃなく、ほんとに今の段階では自信がないんだろうな。
「またまたー、絶対私よりは頭いいってー」
「……でも白野さん、昨日も英語の授業で、いきなり先生の間違いを指摘してたし……」
ヤバ、余計なことしちゃったかな。あれは、ほんのお遊びのつもりだったんだけど、すぐに間違いに気づいた頭のいい人に見えなくもないか。
「あれは、たまたまだよー」
もう変に目立つような行動はやめよう。
授業は真面目に受けるって決めたんだし、ああいうのは、ほかのクラスメイトの迷惑になるかもしれないからね。
そうこうしているうちに、もうすぐ昼休みが終わろうとしていた。教室に戻ろうと立ち上がりながら、私は町屋さんに提案する。
「町屋さん、よかったらこれからも、一緒にお昼食べない?」
「……別にいいけど」
「やった。じゃあ、これから毎日お昼誘うね」
これでもう、彼女がトイレでお昼を食べることはなくなるだろう。同時に、私も一緒にお昼を食べる人がいれば、もうあの場所に戻らなくてよくなるから一石二鳥だ。
私って、あったまいい!
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