7-6 ミルキートリップの秘密

「こないだは、すみませんでした」


 開口一番、私は謝罪の言葉を口にする。


「何よ、その急な手のひら返しは」


 前回からの私の態度の急変ぶりに、乳神様はちょっと面食らっているようだ。


「私、乳神様といつの間にか友達感覚で話しちゃってましたけど、よく考えたら神様なんですよね。神様に対して、ちょっと調子に乗りすぎてたなあと反省しまして……」


「えっ……そうね、そうだったわね。……ようやく気づいたようじゃな、神であるこの我の偉大さに」


 私の真面目な言葉に一瞬戸惑いを見せたものの、その後すぐに気を良くした乳神様は、得意げに胸を張る。

 ってか今、たぶん自分が神であることを忘れてたよね?


「それで、神様にこんなことを頼むのもおこがましいんですが、もう一回だけ過去に戻してもらえませんかね?」


「えー、今さら取ってつけたように下手に出られてもなー。前はあんな態度だったからなー、どうしよっかなー」


 ちょっとこっちがへりくだると、すぐ調子に乗るんだよなあ。でも、相手は神様なんだから、私は立場をわきまえないと。


「お願いします! どうしても戻りたいんです! でないとあの子の……ジャスミンの人生が――」


「ちょちょちょちょ、違う違う違う! そんな反応がほしかったんじゃないから! それだと、完全にあたしが性格悪いみたいになるじゃない!」


 さっきまであんなに偉そうな口ぶりだったのに、こっちが平身低頭でお願いすると、乳神様は急に焦りだした。敬ってほしいのか、雑に扱ってほしいのか、ハッキリしてほしいよ。


「じゃあ、戻してもらえるんですか?」


「最初からそのつもりだったし、前回もちゃんと戻してあげたでしょ?」


 その辺には落ちていないと思っていたツンデレが、まさかここにいたとは。ジャスミンに教えてあげればよかったな。

 すると乳神様は、急に取り繕ったようなしゃべり方で、続けて語り出す。


「そもそも、神とは人の信仰によって生み出される存在。そういう意味では、ミルクの神様であるあたしが、信者であるあんたの願いを叶えない理由はないのよ」


 神が人を作ったのか、人が神を作ったのか……。そんなことはどっちでもいい。とにかく、牛乳を好きでいて良かった。私の信じてきたものは、間違っていなかったようだ。


 とはいえ、牛乳を飲んで信仰してるだけで、こんなに何度もタイムトリップさせてもらえるなんて、さすがに都合が良すぎる気もしてくるな。

 もしかして、私が気づいていないだけで、実はとんでもないトラップが仕掛けられているのでは? 

 今さらになって、不安になってきた私は、恐る恐る聞いてみることにした。


「あの……これ、もっと早く聞くべきだったんですけど……。ミルキートリップに回数制限とかないんですか? 実はあと数回しか使えないとか……」


「ないわね。あんたが望めば、何度でもタイムトリップできるわ」


 あっけらかんとした乳神様の態度に戸惑いながらも、私は続けて質問する。


「じゃあ、回数を重ねるたびに戻れる時間が短くなるとか……」


「それもないわ。いつも同じ時間に戻してあげてるでしょ」


「えっと……実はタイムトリップするたびに寿命が縮んでるとか、そういうデメリット的なものは?」


「少なくとも、タイムトリップであんた自身に影響が出るようなことは、一切ないはずよ。そういう意味ではむしろ、デメリットがないことが最大のデメリット……ってことになるのかもね」


 ……なにそれチートじゃん! 

 まさに神の所業! 

 この世界のゲームバランス壊れないか心配だよ。


「まあ、唯一タイムトリップできないとしたら、時空ミルクを手に入れられなかった場合ぐらいね」


「それはないですよ、私破産してても買えましたし。そもそも最初なんて、ゼロ円でしたからね」


 時価だから、あまりにも高価だと買えない場合もあるかもしれないけど、待ってれば値段は下がるし、心配する必要はなさそうだ。


「そうね……でも、タダより高いものはないのよ」


 ――――ミルキートリップ!


 そして、不安が取り払われて身軽になった私は、心なしかいつもより軽やかに過去へと飛んでいった。

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