8-4 社会勉強
「町屋さん、カラフルーティー飲んだことないの? それは人生9割、損してるよ」
テスト期間が終わっても、私たち二人は放課後に欠かさず図書室へと足を運んでいた。もちろん、その目的は勉強するためなんだけど、人が二人以上集まると、どうしても世間話に花が咲いてしまうこともある。
……というより、集中力の切れた私が、会話の種をバンバン撒いちゃってるんだけど。
「なんか流行ってるよね。そんなに美味しいの?」
「味は牛乳ほどじゃないけど、けっこう美味しいよ。あと、見た目がカラフルで可愛いんだー」
カラフルーティーとは、カラフルなフルーツジュースを取り揃えている、今若者に大人気のジューススタンドだ。
自慢げに語ってはみたものの、私がカラフルーティーを飲んでたのは、ダチりん、レイちゃむのギャルチームと一緒にいたときが最後だから、体感的には、もう数年前になるんだよねえ。思い出すと、なんだかあの味が無性に恋しくなってきた。
「……ちょっと飲んでみたいかも」
という、町屋さんの小さなつぶやきを受けて、私の心は決まった。
「じゃあさ、今から一緒に行かない? カラフルーティー!」
私は、解きかけの数学の問題集とノートを閉じて、それらを鞄に詰めながら提案する。
「……でも、勉強まだ終わってないし」
町屋さんは、ちょうど現代社会の教科書を鞄から取り出そうとしているところだった。私はその手を制するように自分の手を重ねて、まじまじと町屋さんの目を見つめる。
「これも立派な社会勉強だよ」
「そうかなあ……」
「それにほら、思い立ったが吉日、旨い物は宵に食え、って言うじゃん?」
「うーん……」
意味もよく分からないまま、賢しらに頭の良さそうな雰囲気のことわざを並べ立てて説得を試みたものの、町屋さん的にはあまりピンときていないようだった。先人たちのありがたい教えなら、町屋さんの心に響くと思ったのになあ。
……というわけで、私は勢いに任せて彼女の手を引き、この図書室という名の水槽から外の世界へ一緒に飛び出した。
ちょっと強引だけど、無理やり外に連れ出したって息はできるし、死にはしないはずだ。
だって私たちは魚じゃない、人間だもの。 ―― みるく
「どう? 初めてのカラフルーティーの感想は?」
「……うん、美味しい」
町屋さんは、私に手を引かれるままにカラフルーティーへと来店し、なんとか無事に注文を終えて、席でドリンクを飲んでいるのだった。
初めてで勝手がわからなかった彼女は、とりあえず注文した、トッピングなしのベーシックなドリンクをストローで吸い上げる。
「美味しいよねー、牛乳の次に」
かつての常連客である私は、彼女とは対照的な、自分好みのトッピング増し増しスタイルのドリンクを片手に笑いかけた。
どう頑張っても牛乳の美味しさには敵わないものの、久しぶりに飲むカラフルーティーのジュースは、やっぱり美味しい。町屋さんにも、その美味しさが伝わったようで何よりだ。
「こんなに美味しいなら、もっと早く来れば良かった。お店の雰囲気も賑やかで楽しいし」
どうやら町屋さんは、私の想像以上にこのお店を気に入ってくれたみたいだ。私の希望だけで強引に連れて来ちゃって悪いなあと思ってたけど、そんな心配は杞憂だったらしい。
「ほんとはさ、ちょっと不安だったんだー。ほら、町屋さんって、ひとりでいるのが好きそうなタイプでしょ? だから、こういう賑やかなところは、あんまり好きじゃないかもなあって」
無理やり連れて来といて、今さら何言ってんだって感じだけどね。すると、軽い口調で語る私に対して、町屋さんは真剣な表情で口を開く。
「私、人と話すのは苦手だけど……別にひとりが好きってわけじゃないよ……」
言われてみれば、私も人とのコミュニケーションは苦手だったけど、けっして嫌いなわけじゃなかった。ひとりでいるからって、必ずしもその人がひとりでいるのが好きなわけじゃない。決めつけはよくないよね。
すると町屋さんは、そのままポツリポツリと語り続ける。
「それに……ひとりが好きな人でも、孤独が平気なわけじゃないと思う……。孤独を深く知る人ほど、人との繋がりを強く求める。そういうものなんじゃないかな……」
思慮深い彼女の言葉は、私の心の奥に深く突き刺さる。かつて孤独な日々を過ごしていた私にとっては、すこぶる共感できる内容であり、私自身が理解できていなかった心の内が言語化されたような、不思議な清々しさを覚えた。
その後も、ドリンクを飲みながら、たっぷりとお店の雰囲気を堪能した私たちは、日が暮れかかる頃合いになって、ようやく席を立つ。
「また一緒に来ようよ。次は町屋さんも、自分好みのトッピングとか、いろいろ注文してみたら?」
「うーん……そういう注文は、まだちょっと難しいかな……」
「最初は複雑で難しく感じるけど、慣れればどうってことないよ。ほら、英語の文法とか数学の公式を覚えるのと同じ感覚だからさ」
「なるほど、そう考えたらできるかも」
その場のノリで適当に言ってみただけの私の言葉に、町屋さんは妙に納得していた。勉強に例えると、勤勉な彼女は腑に落ちるらしい。
「まあ頭のいい町屋さんなら、ぜんぜん余裕だよ」
ギャルチームのダチりんとかレイちゃむだって、慣れれば難なく注文できてたし、物覚えのいい町屋さんなら問題ないだろう。
……そういえば、かつて私がギャルチームだったときは、慣れるまで三人で苦労しながら注文してたなあ。
「……白野さんは、すごいね。学校の勉強だけじゃなく、こういう流行りのお店のこととかにも詳しくて。こういう教科書には載ってないことも勉強してる人が、本当に頭のいい人なんだね。私も白野さんを見習って、これからはもっと社会勉強しないといけない気がしてきたかも……」
私が密かに、かつて仲良くなったギャル二人との思い出に浸っていると、町屋さんは滔々と私に尊敬の言葉を浴びせてきた。彼女の中では、私は学校の勉強も、それ以外のことに関しても、ものすごく詳しい頭のいい人間というイメージになっているようだ。
考えてみれば、私はほかの人よりも、ちょっとばかり生きてきた時間が長いんだから、それに伴って知識や経験が積み上げられていても不思議ではない。
学校の勉強に関しては、テストの点数が上がるたびに学力の向上を実感できていたけど、それ以外の部分に関しても気づかぬうちに、他人に尊敬されるほどの人間へと、成長をとげていたのかもしれない。
「うむ、町屋さんも私に近づけるよう、せいぜい励みたまえよ」
私は町屋さんの肩を軽くポンポンと叩く。町屋さんからの尊敬の言葉に恥じぬよう、これからはもっと自信を持った振る舞いを心がけよう。
謙遜のし過ぎは、逆に相手を見下してるみたいになって良くないからね。
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