9-3 スパーキング打法

 ――これは悪夢だ。

 三回表、乳神チームの攻撃。ツーアウトながら、ヒットとフォアボールで満塁のピンチ。迎えるバッターは四番の乳神様。その打球は、またしても私のもとへ飛んできた。

 ……絶対、狙い打ちしてるよね?

 平凡なフライだったが当然のように落球し、走者一掃のタイムリーとなる。

 その後も、ライト前ヒットを後逸して長打に変えるというやらかしもあり、この回一挙5点を奪われた。


 守備がダメならバットで取り返すしかない。

 その裏、先頭バッターだった私は意気込んで打席に立つも、ミルキーボールにくるっくるで三球三振だった。そりゃあ、素人の私なんかに打てませんわ。

 続くミズキ、レイちゃむも連続三振で、あっさり私たちの攻撃は終わった。

 ピッチャー乳神様を前に、さっきの回から数えて6連続三振。私のエラー絡みで取られた6点が、ずしりと重くのしかかる……。




 ――これはデジャブかな?

 四回表、ツーアウト満塁、バッターは乳神様。先ほどの回とまったく同じシチュエーション。……嫌な予感がする。乳神様が、完全にこっちを見ている。これは、絶対飛んでくるな。

 ――カコーン。

 ほら来た。もう! どこに落ちるか、ぜんぜんわかんないんだってー!


 私は高々と上がったボールを呆然と見上げる。それはゆっくりと、確実に私の方へと近づいてくる。でも意地悪なことに、私の手元まで来てくれるわけではない。

 ……ああ無理だ、諦めよう。

 どうせ取れないんだから、追いかけるだけ無駄だ。

 届かない夢に手を伸ばすほど、虚しいことはない。今度は何点入っちゃうかなあ……。


 そしてボールは、私の数メートル前方に落ち……なかった。突如、横から飛び込んできた人物によって捕球されたからだ。


「危なかったね。ほらチェンジだよ」


 センターのムギは、グラブに入ったボールを見せながら、爽やかに私に微笑みかける。ああやばい。イケメンすぎる。こんなんされたら、惚れてまいますよ。

 そしてムギは、何事もなかったかのように颯爽と去っていく。そういえば、かつてバレー部だったときも、いつも下手な私のフォローをしてくれてたな。そんなムギの優しさに、私は甘えっぱなしだった。


 ……取れるかどうかじゃないよね。

 たとえ届かなくても、最後まで諦めずに追いかけよう。

 でなきゃ、ここに立つ資格はない。

 喜びも悔しさも、この場のすべてをみんなと分かち合うために、私は私の全力を尽くすのみだ。

 ベンチへ帰るムギの背中が、かつてバレー部でレギュラーを目指していたときの情熱を思い出せと、私に語りかけているような気がした。




 四回裏。0対6で負けてるけど、クリーンナップに回るこの回は得点のチャンスだ。

 まずは、この回の先頭バッター彩田氏が打席に向かう。先ほどの打席はミルキーボールを前に三振だったけど、ここはなんとか打って三番四番に繋いでほしいところ。

 そして、投じられたミルキーボール。その難解な軌道を、すくい上げるような彩田氏のバットが捉えた。ボールは外野の間を抜け、二塁打となる。


「あれは……スパーキング打法や!」


 またもや、ベンチの峰須さんが叫ぶ。


「ミルキーボールの浮き上がる軌道に合わせて、アッパースイングで打ち上げる打法。打球が炭酸のように弾ける様子から、その名もスパーキング打法なんや!」


 ありがとう、解説者峰須さん。ってか、そんな打法ほんとにあるの? 絶対、その場のノリで適当に名付けてるよね?


「よーし、いっちょやっちゃいますかー」


 続く茶田さんは、スパーキング打法を真似しようと思いっきりアッパースイングをして、あっさり空振り三振に倒れた。さっきヒット打ってるんだから、普通に打てばよかったのに。

 そんな茶田さんをカバーするかのごとく、続くミドリが華麗にヒットを放ち、セカンドから彩田氏が帰ってきた。さすがは四番、いざというとき頼りになる。

 峰須さんとウメコは三振だったものの、これで私たちのチームにようやく待望の1点目が入った。




 1点取ってようやく反撃ムードが漂い始めた矢先、私たちは再びピンチを迎える。二つのフォアボールで、ノーアウト一二塁。ミズキには、なんとか踏ん張ってほしいところだったが、続くバッターは甘くなった球を見逃さずミートした。打球はライトを守る私のもとへ転がってくる。

 今回はなんとか後ろに逸らさなかったけど、肩が激弱なせいでヘロヘロ返球になり、二塁ランナーの生還を許してしまった。


 なおもピンチは続き、ノーアウト二三塁。次のバッターへの初球は、ストライクゾーンから大きく外れた大暴投だった。これで三塁ランナーがホームに突入するかと思われたが、リベロ……もといキャッチャーのウメコがめいっぱい体を伸ばしてボールを受け止めたおかげで、ランナーは動けず。


 ここでたまらずタイムがかけられ、内野陣がマウンドに集まった。

 ……こういうときって、外野も行った方がいいんだっけ? 

 後で怒られたくないから、一応私も駆け足でマウンドに向かう。


 近くで見てわかった。ミズキは肩で息をしていて、もう限界だ。ここまでひとりで投げ抜いてきたんだから、それも当然だろう。

 私たちが、このピンチをどう乗り切ろうかと話し合っている最中、ひとりの人物が輪の中に割って入ってくる。


「あとは、俺様に任せな」


 それは、俺様キャラの染山さんだった。この状況で、ここまで自信満々に登場するなんて、度胸あるなあ。実力のほどはわからないけど、この分なら期待してよさそうだ。


「ごめん、頼むよ」


 ミズキは染山さんにボールを託してマウンドを降り、私たちはそれぞれのポジションに戻る。

 ピンチでマウンドを託された染山さんは、その後落ち着いたマウンドさばきで、ズバズバと剛速球を投げ込み、あっという間に相手バッターを三者連続三振に切ってとった。まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げの快投。圧巻のピッチングとは、こういうののことを言うんだろうな。

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