9-4 天空落とし打法
染山さんの投球が流れを引き寄せたのか、次の回の先頭バッタームギが、ミルキーボールを捉える。上から叩きつけるような打球は、ホームベース前で大きくバウンドして外野まで飛んでいった。
「天空落とし打法や! ミルキーボールの浮き上がる軌道のさらに上から叩き落とすように打つ。高身長の選ばれし者にしか使えない秘技、それが天空落とし打法なんや!」
私は、峰須さんの解説を聞き流しながら打席に向かった。
……せっかくムギがチャンスを作ってくれたのに申し訳ないけど、私はあっさり三振してワンナウト。
続く染山さんも、初見のミルキーボールを捉えられず三振、これでツーアウト。次は先頭に帰ってレイちゃむ……のはずだったが。
「あー、マジだりぃわ。どうせあんな球打つの無理だし、代わりに打ってくんね?」
レイちゃむはベンチに座ったまま、ダチりんにバットを差し出した。
「えー、急に言われても困るし。超めんどいんだけど……」
文句を言いながらも、その言葉とは裏腹に、ダチりんはきびきびと打席に向かう。いつ出番がきてもいいように、ベンチ裏でこっそり準備運動していたのを、私は見逃さなかったよ。
――私はダチりんのそういうところが好きだ。
「右打ちの代打を出すのは、懸命な判断ですね。サウスポーを打つには、その方が確率は高いですから」
ここまで存在感の薄かった町屋さんが、取ってつけたようにインテリなことをつぶやいた。
なるほど、レイちゃむは自分よりダチりんの方が打てる可能性が高いから、チームのためを思って打席を譲ったのか。なんだかんだ言って、仲間思いなんだよね。
そして、期待に応えたダチりんのヒットによって、私たちのチームに2点目が入った。これでスコアは2対7となり、6回表の乳神チームの攻撃を迎える。
染山さんの好投で簡単にツーアウトを取り、迎えるバッターは四番乳神様。乳神様は予告ホームランと言わんばかりに、ライトの私の方へバットの先端を向けた。
……いや、これはホームランじゃなくて、私狙いって意味か。
……でも、次こそは取る。来るなら来い!
そして乳神様の打球は、予想通り私の頭上に飛んできた。
見上げた青空には、ただ小さな白い点が浮かんでいる。
スローモーションのようにゆっくり動く点は、上がっているのか落ちてきているのかさえよくわからない。
もうちょい前……?
いや、前に出過ぎて後ろに逸らすぐらいなら、下がっておいた方がいいかな……。
「もっと前ー! ライン際だよー!」
少し後ずさりかけた私の耳に、センターの方からムギの叫び声が飛び込んでくる。
私はその声に導かれるように、前方ライン際へと走った。
そうだ、守りに入っちゃダメだ。
攻めこそ最大の守り。
攻めの守備で、今度こそ取る!
そして私は、落下地点付近でグラブを掲げる。
――――バシッ!
「アウトー!」
私は自分のグラブの中を確認する。そこには確かに、白球が収まっていた。
取れた。ついにやった!
信じられない。何だこの達成感は!
たった一球、たったアウト一つ取れただけなのに、飛び上がりそうなほど嬉しい。
「やったね」
センターからムギが、笑顔で駆け寄ってくる。
「うん、ムギのおかげだよ」
まるで自分のことのように喜んでくれるムギを見て、私の嬉しさは倍増する。
平凡なフライをキャッチしただけ。ただそれだけのことで、私は何だかとんでもないことを成し遂げたかのような自信に満ち溢れていた。この試合にも余裕で勝てそうな気さえしてくる。
その裏の攻撃、相変わらず私は三振だったけど、前のバッターのムギがタイムリーを放ち、点差を4点に縮めた。1点ずつだけど、私たちは着実に追い上げている。流れは確実に、こちらに来ている。
そして試合は、最終回である七回の攻防を迎える。
ここまで好投を続けてきた染山さんだったが、ここに来て正念場を迎える。
七回表、乳神チームの攻撃。ツーアウトながらフルベース。現時点でのスコアは3対7。4点ビハインドの私たちは、ここで点差を広げられると、この裏での逆転は絶望的になってしまう。
この試合、ツーアウト満塁だと決まって私のところに飛んできてるけど、もう狙い打ちされても大丈夫だ。
さっきまでの私とは違う。
私に取れないボールがあるものか。ばっちこーい!
――カキーン。
そして打球は私……ではなく、真逆のレフトライン際に飛んでいった。
来るなと思ってるときは来るくせに、来いと思ってたら来ないんだよなあ。まったく、人生とはままならないものよ。
……なんて悠長に考えてる場合じゃない。ライナー性の打球は、フェアゾーンに落ちそうだ。
ああ、これは何点か入っちゃうな……と私が覚悟したときだった。
「アウトー!」
レフト彩田氏のダイビングキャッチで、スリーアウトチェンジとなった。私たちは、倒れ込んだままの彩田氏のもとへ駆け寄る。
「ナイスファイト、ファインプレーだよ!」
みんなから賞賛の言葉を浴びながら、彩田氏はゆっくりと起き上がった。
「たとえセンターじゃなくても、ライトが当たらなくても……グラウンドの端っこでも全力でプレーする。僕の敬愛する人の教えさ」
彩田氏は、推しのメンバーカラーであるピンク色のグラブを誇らしげに掲げる。その姿は、ライトの私なんかよりずっと輝いて見えた。
何はともあれ、最大のピンチは脱した。あとは、最後の攻撃に全力を尽くすのみだ。
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