10-8 ミルクで咲く花

 それからも、私はちょくちょくチャクラと一緒にバレーの練習をするようになった。


「いつも夜遅くに悪いねー」


「私もいい運動になるから。それに、バレーボール好きだしね」


 今日も高架下のスペースでひと練習して、ちょっと休憩がてら二人で談笑していた。


「ミルミルって、バレー上手いよね。いっそバレー部に来ないかい? 冗談じゃなく、レギュラーも狙えると思うよ?」


「遠慮しとくよ。料理部をやめたら、ナナセが寂しがるからさー」


「相変わらずラブラブだねえ」


 それに私が入ると、バレー部は全国大会に行けなくなるからね。


「そういえば、チャクラはなんでバレー部に入ったの? 中学でもバレーボールやってたとか?」


「いや、まったく。実はスポーツが好きなだけで、バレーボールが特別好きってわけでもないんだよねー……って言うと、ミドリあたりに怒られちゃうかな」


 私の素朴な疑問に、チャクラは苦笑交じりで答えた。そして彼女は、そのまま話を続ける。


「バレー部に入ったのはね、顧問の銀城先生に勧められたからなんだ。あたしみたいに、毎日部活に出られない生徒も歓迎だって言うからさ」


「そうだったんだね」


「うん。なんでも、先生も高校生のときバレー部に入ってて、そのとき家庭の事情であんまり部活に出られない同級生がいたらしくてさ、同じような境遇の生徒にチャンスを与えたいんだって。ちなみにその人、今では日本代表でリベロやってるって話だよ」


 それってもしかして、ウメコがバレーボールに興味を持ったきっかけになった人かな? 

 この世界はいろんなところで繋がってるもんなんだなあ。


「まさか、銀城先生にそんな過去があったなんて……」


「人は見かけによらないよねー。大会メンバーも練習の参加状況に関係なく実力で選んでくれるし、ありがたい限りだよ」


 銀城先生が実力主義だったのは、単に勝てるメンバーを選ぶというだけじゃなく、チャクラみたいな生徒にも平等にチャンスを与えるためでもあったのか。

 厳しそうに見えて、実はかなり優しい先生なんだなあ。

 ほんと、人は見かけによらない。


「ちなみにチャクラは、次の大会ではレギュラーいけそう?」


 私の質問に対して、チャクラはあっけらかんと答える。


「いやあ実はこないだ、大会メンバーの発表があったんだけどね。……結果はお察しの通りですよ。三年生も引退して、いよいよあたしもレギュラー入りかと思ったんだけどなー」


 そうか、私がバレー部にいたとき、ちょうどウメコが大会メンバーに初めて選ばれたのがこの時期だったな。

 当時はクラスのバレー女子三人がメンバー入りして、私だけ疎外感を感じていたけど、今のチャクラも同じような心境なのかもしれない。


「まあ大会はこれで終わりじゃないし、次こそいけるんじゃない?」


 実際の話、チャクラはメンバー入りしてもおかしくないぐらいの実力ではある。


「そんなに甘くないよ。みんなもあたし以上に頑張ってるしね。……でも、時々思っちゃうんだ。あたしも部活に出て同じように練習できれば、もっと上手くなれるのにって。なんであたしだけ、こんな感じなんだろうって。……悔しい、なんか悔しいよ」


 初めは淡々と語っていたチャクラだったが、次第に口調は感情的になっていった。暗がりで表情はよく見えなかったけど、体は少し震えているようだった。

 だが直後、彼女は自らを奮い立たせるように、サッと立ち上がる。


「あー今のなし! 弱音も言い訳も、あたしには似合わない。大変なのはみんな同じ、どんな花も与えられた場所で咲くしかないんだよね!」


 ソメコも言っていた、「チャクラは真剣にバレーに打ち込んでいる」と。今目の前にいるチャクラを見て、私は改めてその通りだと思う。


 これまでの私はチャクラのことを、なんでも器用にこなす才能に溢れた人物だと思っていた。最小限の努力で最大限の実力を発揮できるタイプの人間だと。

 でも陰ながらこんなに努力して、バレーボールにも真摯に向き合っている姿勢を目の当たりにしたら、とてもそんなことは言えない。

 他人の見えない努力を才能という言葉で片付けて、自分が手を抜く言い訳にしていた、過去の私を殴ってやりたい。


「私も手伝うよ。チャクラフラワーがちゃんと花開くようにさ」


 自分が努力しないのは別にいい。でも少なくとも、努力している人にお門違いな妬みを向けるのだけはやめようと思った。


「ミルクで咲く花か。……いいね、なんかたくましく育ちそう」


 チャクラは壁際に転がっていたバレーボールを拾い上げる。彼女の目前では、硬いコンクリートの壁を割って咲く小さな花が静かに揺れていた。

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