10-9 何もしてない
「なんか最近、魚田さん学校来てないよな」
二年生も終わりに近づく頃、空席になっているミズキの席を眺めながら、ソメコがふとつぶやいた。
「ふうん、心配なんだー」
「は? 別にそんなんじゃねえし。ただ、最近見かけないなあと思っただけだし」
チャクラにからかわれて、ソメコは必死に弁解する。ソメコって、乳神様に匹敵するレベルのツンデレだよね。今度ジャスミンに教えてあげないと。
「でも、なんで来てないんだろうね」
「登校できへん理由っちゅうのは、いろいろあるもんやからなあ。人間関係が上手くいってへんとか……」
「ソメコがいじめるからじゃない?」
「いや、おれ何もしてねえから!」
前は私も、ソメコがいじめたせいでミズキが不登校になったのかと勘ぐっていたけど、実際はそうじゃなかったみたいだ。
「そんなに気になるなら、会いに行けばいいのに」
「って言われても、魚田さんの家、知らねえし」
たしかに、改めて本人に理由を確認してみるというのはありかもしれない。
「私知ってるよ、案内してあげよっか」
「なんで知ってるの~? そんなに仲良かったっけ~?」
知ってるのは、以前のタイムトリップでミズキと仲が良かったときに、訪れたことがあるからだ。
でも、今回の高校生活ではほとんど絡みがないから、不自然に思うのは当然だよね。
ここで変に行ったことがあるって話しちゃうと、後で辻褄が合わなくなって面倒なことになりかねない。
「まあ、いろいろあってさ。そんなに妬かないでよー、ナナセー」
「そういうんじゃないから!」
とりあえず、この場は上手く誤魔化しておいた。どうせ、タイムトリップのことを含めて正直に話しても、信じてもらえないしね。
「ミルミルー、今日魚田さん家寄ってみようかと思うんだけどさ、場所知ってるなら案内してくんね?」
放課後、帰宅しようとする私をソメコが呼び止める。
「ほんとに行くんだ。優しいんだねー」
「いや、今日からテスト週間だし、テスト範囲とか教えてやんねえと困るだろ? そんだけだよ」
そういうのを、世間では優しいって言うんだけどね。
「いいよ、じゃあ一緒に行こう。ちょうどテスト週間で、部活も休みだしね」
こうして私たち二人は、一緒にミズキの家に向かうことになった。
「ここかー」
私たちは、住宅街の中に並ぶミズキの家の前に立っていた。ここに来るのは、何年ぶりだろう。当たり前だけど、前に来たときと外観はぜんぜん変わらないな。
「じゃあ行くぜ」
ソメコは若干緊張気味に、玄関のチャイムを鳴らす。しばしの沈黙の後、応答する声が聞こえてきた。
「はい、どちら様でしょう?」
声の主は、おそらくミズキの母親だと思われた。
「あのー、ミズキさんいらっしゃいますか? 私たち、クラスメイトの染山と白野です」
「ちょっと待ってね」
そう言い残してインターホンが切られた後、しばらく待っていると、玄関のドアが開かれた。
「ごめんなさいね、お待たせして」
現れたのは、やはりミズキの母親だった。前にこの家に来たときにも会ったことがあるけど、向こうにとってはこれが初対面になる。
「突然すみません。ミズキさん最近学校に来てないから、テスト範囲とか教えてあげようと思いまして……」
ソメコは丁寧な口調で、ミズキの母親とやり取りしていた。大人と話すときは、こんなに礼儀正しくなるんだなあ……まあ当たり前だけど。
そして、テスト範囲を教えるって建前は崩さないのね。
「わざわざありがとうね。ミズキは部屋にいるから、会ってあげて」
そして私たち二人は、ミズキの家に上がらせてもらった。
「ミズキー、開けるわよ」
母親によってミズキの部屋のドアが開かれ、私とソメコは部屋の中に入る。
前に来たときとぜんぜん変わらない室内には、私服姿のミズキがいた。部屋の雰囲気もそうだが、彼女の佇まいも、当時私が訪ねた時と同じだった。
「よお、久しぶり」
まずはソメコが気さくに声をかける。
「……うん」
ミズキは弱々しい声でうなずいた。
「最近学校来てないし、テスト範囲わかんねえと困るかと思ってさ」
そう言ってソメコは、鞄からテスト範囲がまとめられたプリントを取り出す。
「……ありがとう」
ミズキはプリントを受け取ると、内容をほとんど確認することなく、それを机の上に置いた。
「体調とかは大丈夫?」
「……うん」
私が尋ねると、ミズキは小さくうなずいた。見たところ、元気はないものの病気って感じでもなさそうだ。
なぜ学校に行かなくなったのか、その理由が気になったものの、それはあえて聞かないでおいた。わざわざ本人に確認しなくても、目の前の彼女の様子を見れば、私には何となくわかる。きっとかつてと同じで、誰かに嫌がらせを受けて、それが苦痛で学校に行かなくなったんだろう。
「まあ勉強なんて退屈だし、学校生活は面倒なことも多いよなー」
ソメコも無理に不登校の理由を聞き出そうとはせず、しばらくの間、一方的に最近の学校のことを話し続けていた。ミズキは無表情で、ただその話を聞いているだけだった。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「そうだね、あんまり長居しちゃ悪いし」
ひとしきり話して、ソメコと私は部屋を後にすることにした。
「そうだ、これやるよ」
帰り際、ソメコは思い出したように、自分の鞄から取り出したものをミズキに手渡した。それは、彼女がここに来る前に買った、紙パック入りのジュースだった。
「ほら、前に買いに行かせちゃってただろ? だから、そのお返し……みたいな?」
少し戸惑った様子で黙ったままのミズキに対して、ソメコはあわてて言葉を繋ぐ。
「いや、ミルミルはミネラルウォーターの方がいいんじゃねえかって、言ってたんだけどよ、やっぱりそれじゃ味気ないかなとか思ってさ。魚田さんの好みとか、わかんなかったし、とりあえずおれの好きな味のやつでいいかなって……」
「……うん、ありがとう」
ミズキは、受け取ったジュースを、ただじっと見つめていた。
「じゃあ、もう行くぜ。気が向いたら、学校来いよな」
照れ隠しなのか、ソメコは逃げるように部屋から出ていった。私もそれを追いかけるように、続いて外に出る。
「もし魚田さんが、何かに悩んでて学校に来れないんだとしたらさ、少なからずおれたちにも責任はあるよな」
家の外に出て、私と並んで歩きながら、ぽつりとソメコはつぶやく。案外繊細なところがあるから、昔パシリみたいにしてたことを、未だに気にしているのかもしれない。
「別にソメコのせいじゃないと思うよ。魚田さんにジュース買いに行かせてたのも、ずいぶん前のことだし。それ以降、何もしてないんだからさ」
「……何もしてねえからだよ」
私の慰めは見当違いだったのかもしれない。彼女はそれから一言も言葉を発することなく、前を見つめたまま歩き続けていた。
その後ミズキは、少しずつ学校に来るようにはなったものの、相変わらず休みがちな日々は続いた。たまに登校してきたタイミングで、ソメコや委員長の酒井さんなんかが話しかけていたようだけど、あまり打ち解けている感じでもなさそうだ。
――私がもっと上手くやれていたら。
そうすれば、ミズキはこんなことにならずにすんだのに。
正直、今の私の高校生活はこれまでにないほど充実している。
でも、私の行動次第で変えられる未来があるなら、私は救いたい……いやミズキを救う責任が私にはある。
そして私は、再び禁断の力に手を染めることを決意した。
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