10-10 神はサイコロを振らない

「おそ~い。呼び出しといて遅刻~?」


 私が調理室の扉を開くと、ナナセは既にそこにいた。

 今日は部活が休みなので、ここには私とナナセの二人きり。私の手には、事前に購入しておいた時空ミルクがあった。


「待たせてごめんね」


 ちなみに今回の時空ミルクは、久々にゼロ円で入手できた。

 思えば今日は、私が初めて時空ミルクを飲んでタイムトリップしたあの日と同じ日付だ。タイムトリップを始めてから、一度もこの日付を越えられたことはないけど、どうやら今回も私は明日を迎えられそうにない。


「それで? 何の用なの~?」


 催促するナナセに、私は努めて冷静な口調で話し始める。


「私、ナナセと再会して、また仲良くなれて、ほんとに良かったと思ってる」


「ああうん……これ告白か何か?」


 ちょっと困惑気味の彼女に向かって、私は話し続ける。


「ナナセのこと、ずいぶん長い間待たせちゃったけど……でも、もうちょっとだけ待っててもらうことになると思う。……それでも、絶対また会いに行くから……何があっても忘れないからね!」


 ナナセは何か言葉を発しようとしていたが、きっとそれを聞くと決意が揺らいでしまう。振り切るように、私は手にしていた時空ミルクを飲み干した。

 私の視界から、少しずつナナセの姿が消えていく。


 ……そういえば、私がいなくなった後、この世界はどうなるんだろう? 

 私がいない状態でみんなの日常は続いていくのか、それとも今の私とは別の意識を持った私が引き継いでくれるのか、はたまたこの世界自体がなかったことになるのか……。


 ……考えるのはよそう。知ったところで、どうだというんだ。

 たとえ世界がなくなっても、私の中に思い出が残るならそれでいいじゃないか。



 ****



「前回、自分が何て言ったか、覚えてる?」


 最短距離で、私に鋭利な言葉を突き立てないでほしい。言われなくても、自分が一番わかってるよ。


「……これでタイムトリップは最後にします」


「そうよねー……ん? じゃあなんで、ミルクさんはここにいるのかなあ? あれ、もしかして例のやつ飲んじゃった? あんなにはっきり宣言しておいて、結局またあたしに頼っちゃう感じ? ねえねえ」


 ほんといい性格してるなあ、この神様は。最後にするとか言いきった手前、ちょっとミルキートリップを頼みづらいなあとか思ってたけど、一瞬でそんな気持ち吹き飛んだよ。


「あのときはほんとに、これで最後にしようって思ってたんです。適当な気持ちで言ったわけじゃありませんから」


「こっちは、最終回と謳っておきながら、その後も延々と続編が作られる映画を観せられてる気分なんだけど?」


 こっちだって別に騙そうとしてるわけじゃないのに、心外だなあ。むしろエピソードに続きがあることを喜んでほしいよね。


「事情が変わったんですよ。私には、やらなきゃいけないことがあるんです。今度こそ、もっと上手くやらないと」


「今回は、けっこう上手くいってたように見えたけどねえ」


「私自身はそうですけど、全部完璧ってわけでもなかったですから。デメリットなしでサイコロを振り直せるなら、完璧な目が出るまで振り続けるべきでしょう?」


 やり直して救える可能性があるのに、それを放棄することなどできない。

 みんなが幸せな未来になるまで、何度だってやり直してやる。

 デメリットがないなら、妥協する理由もないしね。


「今回の結果が、あんたにとってどんな目だったのかは知らないけど、あたしのやることは変わらない。望む限り何度でもサイコロを振り直させてあげるわ。……まあ何度サイコロを振り直しても、六以上の目は出ないけどね」


 ――――ミルキートリップ!


 そして私は、再び神から与えられたサイコロを振る。今度こそ完璧な目になることを信じて。

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