Trip11. 甘酒
11-1 委員長ミルク
「――じゃあ、簡単に自己紹介してもらえる?」
いつも通りの教室で、目の前のクラスメイトをゆっくりと眺める。
ミズキもいる、ナナセもいる、みんなここにいる。
私は深く息を吸って、しっかりと自己紹介する。
「白野ミルクです! よろしくお願いします!」
いざ、賽は投げられた。
今度こそ、ミズキも救って、私もみんなも全員が幸せな結末にしてみせる。
今の私なら絶対にやれるはず!
私は力強い眼差しで前を見据えた。
「今日は授業が始まる前に、このクラスの委員長を決めちゃいたいと思います。誰かやりたい人はいますか?」
私が席に着くと、担任の五十嵐先生はクラスみんなに向かって呼びかけた。
クラスの委員長決めは、私の自己紹介後に決まって行われる恒例行事。最初は誰も立候補せず、再度先生が呼びかけたタイミングで、誰もやらないならと、酒井さんが手を挙げるのがいつもの流れだ。
「誰かやってみたい人はいな――」
「はい! やります!」
先生の言葉を遮って勢いよく挙手したのは、酒井さんではなく私、白野ミルクだ。
「白野さん、立候補ありがとう。ほかにやりたい人は?」
先生の呼びかけに、特に反応する人はいなかった。
もしかしたら酒井さんが手を挙げるかもと思っていたけど、そんなそぶりも見られない。やる気満々の私に遠慮したのか、そもそもそこまで委員長をやりたいわけでもなかったのか、彼女の凛とした後ろ姿からは読み取れなかった。
「じゃあ、このクラスの委員長は白野さんにお願いするわ。まだ初日で大変だろうけど、よろしくね。みんなもサポートしてあげてね」
これまでの私は、委員長なんてものに興味はなかった。むしろ、あんな面倒な役回りを進んでやる人の気が知れないと思っていたぐらいだ。
でも今回の私は、クラスのすべての問題を解決しなければならない。そうするうえで、委員長という立場は都合がいい。だって、自然な形でクラスのみんなに話しかけることができるんだから。
……まあ別に、委員長じゃなくても普通に話しかければいいんだけどさ。人生で一度ぐらい委員長というものを経験してみたいじゃん?
こうして、私の初めてのクラス委員長としての高校生活が幕を開けた。
例によって初日はお弁当を忘れてきたので、お昼に食べるパンを買いに行くため、私は昼休みを待たずに教室を出て購買へと向かう。
教室から購買までのルートも、初日に売っているパンのラインナップも、すべてを知り尽くしている私は、迷うことなく初日のルーティーンをこなしていった。
次はお昼休み前最後の授業だが、スムーズに事が運んだおかげで、授業が始まるまでにしばしの余裕がある。私はこの時間に念のためやっておきたいことがあり、教室に戻る前に少し寄り道することにした。
遠目からでもはっきり認識できるぐらい、彼女は圧倒的な存在感を放っていた。このままずっと眺めていたいところだけど、あまり時間もないので、すぐに近づいて声をかける。
「ジャスミン、こんなところで何やってるの?」
突然声をかけられたジャスミンは、不安そうな表情を浮かべている。
「あなたはもしや、同じクラスの……」
「白野ミルク、委員長さ。見たところジャスミン、ひょっとして教室の場所がわからなくなって、困ってるんじゃない?」
ジャスミンは、クラスメイトの私を見つけたことで安堵したかと思えば、すぐさま興奮気味に大きな青い目を見開いた。
「ザッツライト、さすがは名探偵ミルク、完璧な推理デス! 見た目は子供、頭脳は大人デスね!」
ジャスミン、その推理もあながち間違ってないよ。私は普通の高校生よりもずっと長い時間を生きてるから、生きた時間だけでいえば大人と遜色ないからね。
まあ今はそんなことはどうでもいいか。
「ほら、教室はこっちだよ。早くしないと授業始まっちゃうから、急がないと。ちゃんと授業に出なきゃ、クールキッドになれないからね」
こうして私は、無事ジャスミンを回収して教室に戻った。
ここで彼女を放っておいたとしても、たぶん前みたいに私がそそのかさない限りは、授業をサボり始めるなんてことはないだろう。
だとしても、危険の芽は早めに摘み取っておくに越したことはないからね。
「白野さん、お昼一緒にいい?」
昼休み開始を告げるチャイムが鳴り、真っ先に声をかけてきたのは、ミズキでもナナセでもなく、酒井さんだった。
「もちろん。よろしく酒井さん」
「同じクラスになったのって、小学生のとき以来よね? 私のこと、覚えてる?」
「小学校から一緒で、中学では生徒会長だった酒井さんのことを、知らないわけないでしょ」
そう、酒井さんと私は小学から中学、高校まで同じ学校に通っている。同じクラスになったことがあったかどうかは定かじゃないけど、中学校では生徒会長を務めるほど目立つ存在の酒井さんを知らない同級生なんているはずがない。
逆に地味な生徒だった私のことを酒井さんが覚えていないってことならありえるけど、幸い認識してもらえていたようで良かった。
「あら、私ってそんな有名人?」
柄にもなく、酒井さんはちょっとおどけた調子で答える。いや、柄にもなくというのはあくまで私の勝手なイメージであって、これが友達と話すときの素の彼女の姿なのかもしれない。
「元生徒会長様に話しかけてもらえるなんて、光栄の極みですよ。そんな酒井さんを差し置いて、私なんかが委員長になっちゃって、すみませんねえ」
「なにそれ嫌味~? ……なんてね。お世辞じゃなく、白野さんの方が私よりも委員長にふさわしいと思うわよ。とはいえ、なんでまた委員長をやりたいと思ったの?」
「うーん……何かを変えたい、と思ったからかな」
酒井さんから尋ねられて、私は心に浮かんだことを率直に答えた。
「変えたい?」
「うん。これからの自分の……みんなの未来を変えるためには、これまでと同じ自分じゃダメだと思ったんだ。だから、委員長になれば何か変わるかも……ってね」
私は自分に言い聞かせるように語った。いきなりこんなこと言われても、たぶん意味わかんないよね。
「白野さん……面白いこと言うのね。じゃあ、私の未来も変えてもらおうかしら」
「そんなこと言ってー、酒井さんは自分で未来を切り開いていくタイプでしょ? 私はもっと助けを必要としてる人に手を差し伸べることにするよ」
「それもそうね。でも白野さん自身も、助けが必要になったら、いつでも言ってね」
「うん、ありがとう」
さすが酒井さん、委員長という肩書きがなくても、相変わらず責任感が強い。
話していて感じた、きっとほんとは委員長をやりたかったんだろうなって。
そんな彼女の分まで、私はクラスをしっかりまとめていこうと決意した。
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