10-7 バレー女子チャクラ
「今年こそ、目指せ全国大会だね!」
ある日、教室中に響き渡るよく通る声で、バレー部のミドリが叫んでいた。
もちろんそれは私に向けられた発言じゃないけど、その声を聞くと自分がバレー部にいたときのことが思い出されて、ちょっと懐かしい気分になる。
「相変わらずバレー女子たちは、騒がしいなあ」
ソメコはバレー三人娘の方を横目で見ながらそう言っているけど、うるさいのはミドリだけで、ほか二名は割と静かだよ。
「ちょいと絡んでくるかなー」
そして、このクラスの四人目のバレー女子であるチャクラが、ミドリたちにちょっかいをかけに行った。
「ねえソメコ、最近チャクラって部活真面目に出てるの?」
私はチャクラの行方を見守っていたソメコに尋ねた。ソメコはバスケ部だから、いつも体育館でバレー部の向かい側で練習しているし、きっとチャクラの部活参加状況にも詳しいはずだ。
「いや、そんなに見かけねえな。来てても、いつの間にか帰ってるしな」
まあエンジョイ勢だから、そんな感じだよね。
「そっかー。チャクラは運動神経いいし、もっと真剣にバレーに打ち込めば、レギュラー入りもできそうなのに」
「ああ見えて、あいつは真剣だぜ。ただ、いろいろ事情があるんだよ」
そう話すソメコは、バレー女子たちに混ざるチャクラを遠い目をして見つめていた。
時刻はもうすぐ夜の九時。この時間でも、街はけっこう賑やかだけど、ちょっと喧騒から外れると一気に静寂に包まれる。
私は街の中心から遠ざかるように歩いた。そして、高架下の開けた空間の近くまで来ると、次第に私の耳にバシバシという不規則な音が届いてくる。
私は明るい光に引き寄せられる蛾のように、街灯に照らされたその場所へと近づいていった。
「こらっ、子供はもう帰りなさい!」
「ミルミル!? こんな時間に何やってんの?」
バレーボールを壁打ちしていたチャクラは、まるで幽霊でも見たかのような顔をして振り返る。
「それはこっちのセリフだよ。……とりあえず、ちょっと休憩しない?」
私はさっき近くのコンビニで買ってきた、パック牛乳を差し出した。
「ソメコに聞いたんだよ。たぶんここで、コソ練してるって」
私たち二人は、腰を下ろすのにおあつらえ向きの場所を見つけて話し始める。
「バレてたかー、相変わらず勘がいいなあ」
「でもそれだけ。理由は本人に聞けってさ」
「別に話してもいいのに。ソメコは、そういうとこ律儀だよねえ」
ソメコは、意外とそういう線引きがちゃんとできる人だ。いや、彼女の人間性を考えたら、意外ってこともないか。
「じゃあ聞くけど、なんで部活出ないでこんな時間に練習してんの?」
目の前のバレーボールを見つめるチャクラに、私は牛乳を飲みながら尋ねた。
「うち片親で仕事の帰りが遅いからさ、あたしが弟の世話しないとなんだよ。それで、夕方は早く帰って、晩御飯の支度とかしてんの。だから、この時間ぐらいしか練習できないってわけ」
「そっか……大変だね」
あっけらかんと答えるチャクラに、私は何と返すべきかわからず、ありきたりな相づちを打つ。
「そうでもないよ。料理するのは好きだし、たまに親の帰りが早いときは部活にも普通に出られるしね」
こういうのは、実際のところは本人にしかわからない。ほんとはすごく大変かもしれないし、ほんとに当たり前のように過ごしているだけかもしれない。
もし彼女が、周りに心配をかけまいと本音を隠しているのなら、友達としていろいろ察して手を差し伸べてあげるべきなんだと思う。
でも残念ながら、彼女の表情からそれを読み取れるほどの鋭敏な感覚を、今の私は持ち合わせていない。
「……ちなみに、朝練も行けないの?」
「朝も仕事行くの早いからねー。あたしがお弁当作ったり、弟を保育園に送ったりとかもしないとだし」
「そうなんだね……」
そりゃあ、行けたらとっくに行ってるよね。
前にバレー部にいたときの私は、朝練なんて眠いし行きたくないと思っていたけど、行きたくても行けない人がいることを考えると、もっと真面目に行っておくべきだったと、今さらになって後悔する。
「まあ、そんな暗い話じゃないよ。あたし別に悲観的になってるわけでもないしね。それに、誰だってそれぞれの事情を抱えて生きてるわけじゃん? ミルミルだって、あたしの知らない辛い経験をしてるかもしれないし、お互い様だよ」
たしかに私も、これまでいろんな経験をしてきた。でも彼女の置かれた状況に比べたら、自分の事情なんてたいしたことないように思えてしまう。
「さーて、たっぷり休んだし、もうひと頑張りするかー。牛乳、ありがとね」
牛乳を飲み終えたチャクラは、バレーボールを拾い上げて立ち上がった。
「付き合うよ、練習。私こう見えて、けっこうバレー得意だからさ」
私もちょっとだけ、チャクラの練習に付き合うことにした。以前バレー部で鍛えてたことがあるから、練習相手としてそれなりに役に立てるだろう。
――過去の経験は、意外なところで活かせるチャンスが来るから不思議だ。
そういう意味では、どんな経験も無駄にはならないのかもしれないと、短い人生経験ながらに実感した。
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