エピローグ

エピローグ ~明日への旅立ち~

 ぼんやりと聞こえてくる声に、私の意識は揺り起こされる。

 机に突っ伏していた頭を起こしながら、ゆっくり目を開くと、私は教室で席に座って授業を受けていた。


 私はそのまま流れるように黒板の方に目をやる。そこに記されていた日付は、私が高校に初めて登校した日……ではなく、記憶を消した後の私が初めて乳神商店を訪れ、時空ミルクを飲んだ日の翌日だった。


 私はギャルメイクをしていないし、財布にはキーホルダーも付いていない。体に筋肉もついていなければ、もちろん授業をサボってもいない。そしてここは、まごうことなき二年生の教室だ。


 ……これは間違いなく、私が記憶を消した直後の世界であり、タイムトリップをしていない元の時間軸だと思う。

 これまで渡り歩いてきたどの世界とも違う、故郷のような懐かしい空気が、不思議と私にそう確信させた。


 ――戻ってきた。ようやく私は戻ってきたんだ。


 あの友達ゼロでひとりぼっちの高校生活に。

 そして、ようやくたどり着いたんだ。

 果てしなく遠かった明日に。


 これまで私は、タイムトリップを繰り返すことで何度も高校生活を経験してきた。そのたび、いろんなクラスメイトと仲良くなって、いろんな人のいろんな一面を知ることができた。


 そしてわかったのは、みんなやり直しのできない人生を一生懸命生きてるってことだ。

 どの世界でも、みんな一度きりの高校生活を悔いなく過ごそうとしていた。

 やり場のない想いを抱きながらも、必死でもがいていた。

 誰もが前を向いて歩いていたんだ。


 きっと……いや、間違いなく私は、ここにいる誰よりも濃密な高校生活を送ることができたと思う。

 こんな経験ができただけでも、私はとんでもなく恵まれている。だからこれ以上、望むべきではない。

 完璧な目が出るまで何度もサイコロを振り直していては、いつまで経っても先へは進めない。どんなに居心地が良くても、生温い過去にトリップし続けるわけにはいかないんだ。

 そろそろ私も、みんなと同じように前に進まないと……。


 これから残りの高校生活で、すべてのクラスメイトと仲良くなるのは難しいと思う。でも、この先もひとりぼっちの高校生活になるのかどうかが、これからの私自身にかかっているということだけは確かだ。

 なんたって、自分の行動次第で未来が大きく変わるということは、身をもって経験済みなんだから。


 ――午前中の授業が終わり、チャイムの音が鳴り響く。

 長かった夢の終わりと、再び動き出した現実の始まりを告げる鐘の音が。


 ひとりぼっちの私のもとには、誰も来ない。

 ここから先は、神様も知らない真っ白な未来だ。何が起こるかわからない今日は怖いけど、勇気をもって踏み出そう。


 私はお弁当とパック牛乳を持って立ち上がり、悠然と歩き出す。

 向かう場所は、もちろんトイレではない。もう逃げたりしない。

 一歩ずつでいい、小さな歩幅でも、確実に前へ。


 大丈夫、これまで何度もやってきたことだ。シミュレーションは万全、あとは実行に移すだけ。

 立ち止まりそうになる心を、今一度奮い立たせる。


 そうだ、既にカップの飲み物が決まっていたって構うもんか。今からコーヒーをカフェオレに変えたっていいんだ。


 そして私は、目の前のカップにゆっくりとミルクを注ぎ込むように言葉を紡ぐ。


「あの……よかったら、一緒にお昼食べない?」



 完

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ミルクちゃんは混ざりたい! ~タイムトリップで脱ぼっち計画~ 芥善 @t_pegasusu

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