4-2 聖地巡礼

「ほらこれ見てみ、どやどや」


 小浦氏は、何の脈絡もなく自分の携帯端末の画面を私と彩田氏に自慢げに見せつける。

 私たちは、自分の好きなもののこととなると、周りの都合を考えないきらいがあるのか、語りたいスイッチが入るのはいつも突然だ。まあ、ほかの人に対してはともかく、私たちの間はそういうコミュニケーションで成り立っているから、何の問題もないんだけど。


 私と彩田氏は特に文句を言うこともなく、小浦氏によってかざされた携帯端末の画面を覗き込む。するとそこには、古めかしい建物や歴史情緒漂う町並みの写真が映し出されていた。


「これは?」


「ほら、僕って『サムライ少女』ってアニメが好きじゃん? ここって、その作品の舞台になった場所なんだよね。そんで、割と近場だったから週末にひとりで行って来たってわけなんだなあ、これが」


「なるほど、これはいわゆる、聖地巡礼ってやつだね」


「いかにも。いやはや、まるで自分が作品の世界に入りこんだかのような圧倒的没入感、最高すぎたよね。よもや、いつの間にか昇天して、天国に来ちゃったのではあるまいかと、勘違いするほどだったんだが」


 アニメファンにとって、その作品の舞台になった場所は聖地と呼ばれる。そして、そういう場所を訪れることを、聖地巡礼というらしい。


「うらやま。私も今度やろうかなー」


 彩田氏は、心底から羨ましそうな表情をしていた。


「アイドルにも聖地ってあるの?」


「モチのロンだよ! アイドルだと、初ライブの場所とか何かしら縁のある場所が、聖地っていわれたりするかな」


 私の純粋な疑問に対して、彩田氏は食い気味で答えてくれた。


 何にでも聖地ってあるものなんだなあ。

 ちょっと言ったもん勝ちみたいな気もするけど……。

 まあどんな形であれ、楽しんだ者勝ちってことかな。


「聖地巡礼……私もやってみたいなあ」


 二人の話を聞いているうちに、だんだん私も聖地巡礼というものに手を出してみたい気持ちが湧いてきた。


「でも、牛乳の聖地ってどこになるのか、皆目見当がつかないんだが?」


「うむ……牧場とかはどうでしょう?」


「それ、聖地というより産地じゃね?」


「牧草生えるw じゃあ、牛乳メーカーの工場は?」


「ちょ、それはもはや工場見学なんだが。牧草不可避ww」


 二人とも、好き勝手言ってくれちゃって。

 でもたしかに、牛乳の聖地と言われても、あまりピンとくる場所は思いつかなかった。

 ……とりあえず週末、牧場にでも行ってみようかな?




「じゃじゃーん、刮目せよ!」


 私は何の脈絡もなく、自分の携帯端末の画面を小浦氏と彩田氏に見せびらかす。

 気分はさながら、葵の紋の印籠をかざす格さんのごとしだ。

 ……いや、助さんの方だっけか? 

 まあどっちでもいいや。


「白野氏、これはもしや……」


「リアルに牧草生えるんだがwww」


 そこには、私が週末にひとりで行ってきた牧場の写真が映っていた。これこそ、私にとっての産地……もとい聖地巡礼だ。


「行ってみると、意外と楽しいもんだよ。空気は美味しいし、新鮮な牛乳も飲めるし。……まあ、これが聖地巡礼なのかといわれると、よくわかんなかったけどね」


「まあ、推し活にはそれぞれの形があるから、モウマンタイだよ」


 彩田氏は力強く親指を立てる。


「うん。……でも、牧場巡礼はしばらくいいかな。けっこう遠いし、体力がもたないからさ」


 普段から運動部で鍛えている人ならともかく、運動不足の私には、毎週遠出するのは辛い。このクラスにも、休日返上で部活の練習でバリバリ鍛えている人たちがいるけど、何が楽しくてそんなに必死なのか、まったくもって理解できない。

 私は同じクラスにいる、全国大会を目指して頑張っているバレー部員たちの方にちらっと目をやる。そして、改めて実感する。

 ――やっぱり牛乳は、おうちでゆっくり飲むに限る。


「それはそうと、彩田氏のしげぴょんグッズ、また増えたのでは?」


 小浦氏は、彩田氏のカバンに付いているキーホルダーに視線を移す。

 たしかに、しげぴょんのメンバーカラーであるピンク色の塊が、前より一段とボリューム感を増しているようだ。


「よくぞ聞いてくれました。実は最近、限定のコラボグッズが増えててさ、ついつい買っちゃうんだよねー。グッズが増えるのはファンとして喜ばしいんだけど、同時に私のお財布がどんどん寂しくなるっていうのが、なんとも悩ましいところでさあ」


「でもその分、心が満たされると」


「さすが小浦氏、よくわかってらっしゃる」


 小浦氏は、彩田氏の考え方にものすごく納得しているようで、大きくうなずきながら話を聞いていた。


「小浦氏も、けっこうグッズとか買うの?」


 私の素朴な疑問に対して、小浦氏はあきれた表情を浮かべる。


「白野氏、それは愚問だよ。応援してる作品のグッズは、買って当たり前。それはある種、お布施みたいなものなのです。コミックや円盤はもちろん、キーホルダーにフィギュア、ぬいぐるみに至るまで、関連グッズは可能な限りすべてチェック。そのうえで、自分のトキめいたグッズを取捨選択して買う。それが、正しい推し活というものだよ。おわかりいただけたかな?」


「あっそういうものなんだ……。私、牛乳のグッズなんて買ったことないや」


 私はただただ、小浦氏の圧力に圧倒されていた。グッズって、そんなに大事なものだったのか……。


「白野氏、それは愛が足りないよ」


 しまいには、彩田氏にまでそう言われてしまった。ここまで言われて、黙っているわけにはいかない。私の牛乳愛が疑われるなんて、由々しき事態だ。私もちゃんと牛乳グッズを買わなければと、固く決意する。

 ……っていうか、牛乳グッズってなんだろう?

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