Trip4. 炭酸飲料

4-1 オタクと推し活

「――じゃあ、簡単に自己紹介してもらえる?」


 とりあえず私は、目の前のクラスメイトの中から、ダチりんとレイちゃむの姿を探す。二人とも、ギャルメイクをしていないありのままの姿だった。そして私も……。黒板の日付を見なくてもわかる。


 ――どうやら、また戻ってきたらしい。


 前回は、無理して身の丈にあっていないギャルグループに混ざろうとして失敗した。だから今回は、ありのままの私でいられるグループに混ざろう。好きなものを、好きと言える居場所を探そう。


 迎えた昼休み、私は即座に立ち上がると、前方へと歩き出す。そして、席に座っている二人組に恐る恐る話しかけた。


「あの……よかったら、一緒にお昼食べない?」


 自分から人に話しかけるのって、やっぱり緊張するなあ。ギャルメイクで武装してないと、こんなに心もとない感じだったっけ。


「あっ……別にいい……よね?」


「うん……私も大丈夫」


 独特な雰囲気を放っている二人は、少したどたどしい感じで受け入れてくれた。私もたいがい人見知りだけど、この二人も見るからにコミュニケーションが得意ではなさそうな感じだ。


「私は白野、よろしくね」


「うん……よろしく。僕、小浦こうら


「……私は彩田さいだ


 二人とも小さな声でぼそぼそと名乗ってくれた。そして、そのまましばらくの間、誰もしゃべらない沈黙の状態が続く。

 どうやら、ここは私が会話をリードした方がよさそうだ。こういうのは、あまり慣れてないんだけどなあ……。


「えっと……二人は普段どういう話してるの?」


 すると、まず小浦さんが答えてくれた。


「僕は、だいたい漫画とかアニメとか、二次元の作品の話……かな。彩田氏は、もっぱらアイドル関連……だよね?」


「うん、それしか興味ないから」


 ちゃんと話をしたことがなかったので、細かいことまでは知らなかったけど、どうやら二人は私が想像していた通りのオタク気質らしい。


「二次元にアイドルかー。私は、どっちもあんまり詳しくないんだよねー」


「まあ僕も、アイドルのことは知らないんだが」


「私も二次元とか全然興味ない。ただそれぞれが、好きなことを好きなように話してるだけだから」


 これにはけっこう驚いた。小浦さんは二次元にしか興味がなく、彩田さんはアイドル一筋。お互いに自分の好きな分野の話をしているだけで、なんだかんだ成立しているらしい。


「その……白野氏は、何か好きなものとかないの?」


 私の好きなものといえば……。


「牛乳、かな?」


 私もそれぐらいしか興味のあるものはない。


「牛乳か、たしかに今も飲んでるもんね」


「うん。けっこういろんな種類があって、どれだけ飲んでも飽きないんだよ」


「牛乳って、だいたい全部同じ味じゃないの?」


 彩田さんの耳を疑う発言に、私は即座に反論する。


「ぜんっぜん違うよ。例えばこの牛乳はね――」


 それから昼休みが終わるまでの間、穴の空いた貯蔵タンクから牛乳があふれ出すかのごとく、私は牛乳の魅力について語り続けてしまった。さすがに二人ともドン引きするかと思いきや、意外にもちゃんと私の話に耳を傾けてくれていて、そのことが私は素直に嬉しかった。




「こないだ『スパーキング娘。』の『しげぴょん』がソロ曲出したんだよねー。ああ、マジで尊い。しげぴょんが天使過ぎて、もうなんかやばい、とにかくやばいんだけど!」


 ある日の休み時間のこと、私と小浦氏に向かって、唐突に彩田氏が好きな女性アイドルグループのことを興奮気味に語り出した。最初に話したときは、もっとクールな感じの印象だったから、そのギャップにちょっと驚く。

 私もそうだけど、自分の好きなものの話をするとき、人は饒舌になるらしい。


「彩田氏、語彙力が消失しかけてますな……。まあ、しげぴょんは彩田氏の推しメンだから、興奮するのも致し方ないが」


 小浦氏のその言葉を聞いて、彩田氏は自分の財布に付けているキーホルダーを自慢げに見せびらかす。私はあまり詳しくないけど、おそらくそれが『しげぴょん』のファングッズなのだろう。


「推しメンって、つまり一番好きなメンバーってことだよね?」


「だいたいそんな感じ。推しメンがいると、毎日が華やぐわけですよ。推しメンの一挙手一投足が、私の日常に彩りを添えてくれるっていうのかな。白野氏にはそういうのないの?」


 彩田氏に尋ねられて、私は頭をひねる。


「私でいうと、推し牛乳ってことだよね? うーん、各メーカーのそれぞれの商品にそれぞれの良さがあるからなあ……。私は牛乳そのものが好きで、すべての牛乳を愛してるから、どれが一番なんて簡単に決められないよ」


「それはいわゆる『箱推し』ってやつだね。それもアリだと思うよ」


 アイドルグループとかで、特定のメンバーではなく、グループ全体を応援する人のことを、どうやら界隈では『箱推し』というらしい。

 つまり私は、牛乳の箱推しということのようだ。


「ちなみに、小浦氏は推しメンとかいるの?」


 二次元だと特定の人物とかはなさそうだし、どういう推し方になるのか、なんとなく気になる。


「んー、お気に入りの作品はいくつかあるんだが、特定のキャラクターを推してるとかはあんまり……あっ、でもキャラクター同士のカップリングを妄想するのは大好物だね。たとえば、あるキャラクターが、こっちの子と絡むときはしっかり者なんだけど、別の子と一緒にいるときは急に子供っぽい一面を見せる……みたいな? キャラクター同士の組み合わせによって、ぜんぜん違う魅力があるのがいいわけで……こういう感覚、わかる?」


 二次元の魅力について熱く語る小浦氏に負けじと、私も牛乳で応戦する。


「わかる、わかるよ! 牛乳でもそういうのあるもん。コーヒーと組み合わさって、ビターで大人な雰囲気を醸し出すかと思えば、紅茶ならエレガントでスマートな印象になるし、ココアだとマイルドな優しさで包み込んでくれる。そのほかにも、ヨーグルトに抹茶、各種スープに果てはお酒まで……組み合わせ次第で無限の味わいになるのが牛乳の魅力でもあるんだよ」


「ちょ、それはもはやハーレムアニメの主人公並みの守備範囲なんだが」


「小浦氏、どうやら我々は牛乳を甘く見すぎていたようだね」


 いつもは心の内に秘めている思いの丈を、余すことなくぶちまけてしまった。

 ここまで思いっきり誰かに牛乳の魅力を語ったことはなかったけど、こんなに気持ちいいものなのか。

 しかも三人それぞれが、語りたいことを遠慮なく語りまくっているので、まったく気を遣わなくてもいいというのが、私にはとても心地よかった。

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