11-5 好きの共有

「ジャスミン、ちょっといいかな?」


 休み時間の教室で、私はジャスミンに話しかける。


「委員長ミルク、何か用デスか?」


 彼女の話し方は今までより気持ちそっけない気はしたが、私は構わず続ける。


「ジャスミンはさ、日本のアニメって観てたりするの?」


「オフコース。アニメこそクールジャパンの象徴デス。特に『サムライ少女』は、笑いアリ、涙アリの名作で、ワタシは何度も観てマス」


 ジャスミンは好きなアニメの話題とあって、若干興奮気味に語り出した。そんな彼女の様子に、私はある人物の姿を重ねる。


「サムライ少女っていうと、たしか同じクラスの小浦さんも好きだったはずだよ。ちょっと話しに行こうよ」


 私はジャスミンの返答を待たず、半ば強引に彼女の手を引いて、同じ教室内で独特の空気感を醸し出している二人組、オタクグループの小浦氏と彩田氏のもとへ向かった。


「ねえ、小浦さんってサムライ少女好きなの?」


 あらゆる前置きを取っ払って、私は小浦氏に話しかけた。


「まあ……好きといって差し支えないが……」


 今回のタイムトリップでは、まともに話すのはこれが初めてなので、小浦氏はかなり遠慮がちな態度だったが、好きなアニメの話とあって、食いつきは悪くないようだ。


「そっかー。いやね、今ちょうどジャスミンとアニメの話をしてて、ジャスミンがサムライ少女が好きだって言うから、もしかしたら小浦さんもそうかもなあって思ってさ」


 二人ともサムライ少女が好きなことなど百も承知だが、私は努めて偶然を装ってみた。


「なんと、サムライ少女が好きとは、ジャスミン氏はセンスがおありで」


「サムライ少女こそ、日本アニメのタカラです。キャラクターも可愛いデスし、背景の古い建物や町並みも最高デス」


 小浦氏とジャスミンは、互いの好きなものを共有することで、一瞬にして打ち解けあった。


「さすがはジャスミン氏、よくわかってらっしゃる。作品の面白さもさることながら、そのキャラクターや背景まで含めた世界観が、サムライ少女の魅力なわけなのだよ。ちなみに、作品の舞台になった場所が近くにあって、今度行ってみようかと思ってるわけだが、良ければジャスミン氏もどうですかな?」


「イエス、ぜひお供したいデス。これがセイチジュンレイってやつデスね。じゃあお二人も一緒にどうデスか?」


 どうやら、聖地巡礼という用語は正しく認識できているみたいだ。ジャスミンから発せられた用語の意味があっているとは珍しい。


「いやあ、私はそのアニメ観てないし、今回は遠慮しとこうかな」


 サムライ少女に微塵も興味がない私は、ジャスミンからの誘いをやんわり断った。そして、私と同じく横で黙って話を聞いていた彩田氏も、続けて口を開く。


「私もアニメは興味ないからパスで。アイドルのライブなら、大歓迎だけどね」


「それもアリデスね。ワタシ、ジャパニーズアイドルも大好きデス。いつかアイドルのライブも生で観てみたいと思ってマシタ」


 ジャスミンは、再び青い瞳を輝かせて彩田氏を見つめた。私も知らなかったけど、どうやらジャスミンは、日本のアイドルのことも好きだったらしい。

 この短い間に小浦氏に続いて彩田氏とも、好きをめいっぱい共鳴させていた。


「いい心がけだね。じゃあそのうち、ジャスミン氏をアイドル沼に引き込んであげるとしますか」


 私が思った通り……いやそれ以上に、ジャスミンと小浦氏、彩田氏は相性が良さそうだ。

 かつて私がオタクグループに混じっていたときは、それぞれが好きなものの話をしていて、とても居心地が良かった。

 でも、各々が自分の好きなものを見つめているだけで、お互いが向き合ってはいなかったように思う。


 あの頃の日々を否定するわけじゃないけど、今目の前のジャスミンは、小浦氏や彩田氏としっかり向き合って、同じ時間を共有し始めている。

 これが本当の意味で、人と人が混ざり合うということなんだろう。

 かつての私にはできなかったけど、ジャスミンならきっと、この二人とともに綺麗な色を作り上げていくはずだ。

 私は羨ましさと淋しさの混ざった複雑な感情を抱きながら、そっと三人を見つめていた。

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