4-4 牛乳の沼へようこそ

「白野氏、あれから牛乳グッズ買ってる?」


「それがさあ、これってものがなかなか見つからなくて、最近は推し活があまり捗ってないんだよねー」


 そもそもの話、牛乳グッズというカテゴリーで商品がまとめられていることはほとんどないから、お目当てのグッズを探し出すのも一苦労だ。

 もっと簡単に探す手段があればいいのに……。そんな悩みを見透かしたかのように、小浦氏は画期的な啓示を私に授ける。


「そんなあなたに、ネットショッピングをおすすめします」


「ネットショッピングかあ。私、使ったことないんだよね」


「便利だから使ってみなされ。そんじょそこらじゃ手に入らない、珍しい商品も見つかるから、世界が広がるぞよ」


 すると、小浦氏のプレゼンに彩田氏も口をはさんでくる。


「私もけっこう使うよん。まあこないだは、親のクレカ使って買いすぎて大目玉だったけどね」


「彩田氏、それはやらかしてますな」


 どうやら、ネットでグッズを探して買うというのは、最近のオタク界隈では割と常識のようだ。

 たしかに、都会の大型店舗でしか販売していないグッズや地域限定グッズなんかも、ネットで注文すれば簡単に購入することができる。こんな便利なツールを利用しない手はないだろう。

 続けて彩田氏は、悪びれもせず語る。


「いやあ欲しいものがありすぎて、ついつい買っちゃうんだよねー。それに、よく言うじゃん、『推しは推せるときに推せ』って。欲しいものは欲しいと思ったときに買わないと、二度と巡り会えないかもしれないからさ。バレない程度の金額で買って、こっそり荷物を受け取る。それが、ネットショッピングの極意だと心得よ」


「ちょ、白野氏に悪いこと教えるなし」


 彩田氏みたいに買いすぎて大変なことになるのはちょっと怖いなあ……。

 まあ、実際に購入するかどうかは別にして、ちょっとネットで牛乳グッズを探してみようかな。




 その日私が帰宅すると、家には誰もいなかった。お父さんは単身赴任でほとんど家にはいないし、お母さんもまだしばらくは帰ってこないだろう。私は、家族共用で使っているパソコンの電源を入れた。


 ネットで軽く調べてみると、思いのほかいろんな商品が出てきて驚く。

 こんなにいろいろあるなんて。

 ……牛乳のリアルフィギュアに牛乳スライム、牛乳パック風リュック……地域限定牛乳ステッカーなんて、その辺の店には絶対売ってないよ。

 ……こっちは、牛乳の匂いつき消しゴムかあ……えっ、成分調整牛乳に低脂肪牛乳にそれから……いったい何種類あるの? 

 ってか、そんな微妙な匂いの違いにこだわる人なんていないでしょ。

 こんなの、私以外に誰が買うの?


 次から次へと欲しい商品があふれだして、ワクワクが止まらない。夢中で牛乳グッズを検索しているうちに、どんどん時間は過ぎていった。

 そのうち、私の中に一つの考えが芽生える。


 ――何か買ってみようかな?


 今日はいったん覗いてみるだけのつもりだったけど、もういっそ買ってしまうというのもありかもしれない。

 私は、とりあえずショッピングサイトの登録情報を確認する。親のクレジットカード情報が登録されているため、このまま購入ボタンを押せば、どうやら私でも買い物できてしまいそうだ。


 ちょっと試しに買ってみるだけ……。

 いや、親に黙って勝手に買ったら、さすがに怒られるよね……。

 でも、このあたりのグッズなら安いし、後でお金を渡せばいいかな……。

 うん、やっぱり一応親に聞いてから――。


 ――ガチャ!


 そのとき突然、玄関の扉が開く音がした。どうやらお母さんが帰ってきたようだ。


 ――反射的に、私は購入ボタンを押していた。

 お母さんが部屋に来る前に、慌てて私はショッピングサイトの画面を閉じる。


 ……結局、買ってしまった。

 まあ、今のは事故みたいなもんだし、しょうがないよね。

 うん、何か言われたら買った分のお金を親に渡せばいいだけだし、別に大丈夫だよね? 

 ぜんぜん私の貯金で足りる金額だし、問題ないはず。


 初めてのネットショッピングで、内心ドキドキでいっぱいだったけど、自分を正当化することで、何とかお母さんの前でも平静を保つことができた。

 この一歩から、どっぷり牛乳の沼にハマっていかないように気をつけないと……。

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