4-5 あなたにとって推しとは?
「いやー、ネットショッピングって最高だね。便利すぎて、もう店に行く必要ナッシングだよ」
初めて牛乳グッズをポチってからというもの、私はちょくちょくネットで買い物をするようになっていた。あの緊張していたころの自分が嘘のように、今では平然と欲しい商品の購入ボタンをポチポチしている。
「最近、白野氏の牛乳グッズの増え方ヤバす。まあ僕も、家の棚がフィギュアで溢れかえってるから、人のことは言えないんだが」
小浦氏いわく、フィギュアとは勝手に増殖していくものらしい。軽くホラーだ。
「二人とも金持ちでうらやま。私なんて、また勝手にクレカ使ったのが親にバレてからというもの、お小遣い減らされて大変だよ。ネットショッピングも、しばらく禁止されてるし……」
「彩田氏、それは自業自得というものだよ」
「そうだよ、私みたいにバレないように上手くやらないと」
「おう、白野氏がどんどん悪の道に……」
結局お母さんには隠したまま、私はネットショッピングを続けていた。まあ、もしバレたとしても、最悪まだ私のお小遣いで何とかなる金額には抑えてるし、大丈夫だろう。
そんな会話の流れの中で、彩田氏は私に向かって突然語りだす。
「でも私は気づいたのさ。実際に足を運んで買うことこそが、しげぴょんへの真の愛だということに」
「彩田氏、ネットショッピングができないからって、そんな負け惜しみを……」
私は彩田氏に哀れみの目を向ける。だが当の本人は、毅然とした態度で言い返してくる。
「いやいや、私を見くびらないでいただきたい。例えば、ライブグッズだってネットでも買えるけど、やっぱり実際に会場に行って買うことに意義があるというか……それが、しげぴょんへの敬意みたいなものなんだよ」
「直接行くって……そんな参勤交代みたいなのは、今どき流行らないよ?」
「白野氏、それはなんかニュアンスが違うと思われる……」
私の発言に対して、すかさず小浦氏がカットインしてきた。さすがに参勤交代はバカにしすぎか。
「いや、参勤交代というのも、あながち間違いとは言いきれない」
「まさかの合ってた的な!? ちょっともう、僕はついていけないんだが……」
小浦氏は、もうお手上げ状態といった様子だ。私も適当に言っただけなのに、まさか彩田氏が同意してくるとは思わず、ちょっと困惑していた。
「しげぴょんは、まさに将軍様のような存在。庶民の私はお金と時間をかけて、しげぴょんを支える。それこそが、正しいアイドルとファンの関係性なのです」
「それはもはや、教祖を崇拝する信者では?」
「甘いよ小浦氏。しげぴょんは、教祖じゃなくて神だよ」
「……おっおう」
いつの間にか、しげぴょんは将軍様から神様へと進化していた。そして、今日の小浦氏の発言は、ことごとく彩田氏にハマらないようだ。たまにはそういう日もある。
それにしても、神とまで崇め奉る、彩田氏のしげぴょんへの異常な愛の根源は、いったい何なのだろう。今更ながら、ちょっと気になってきた。
「そもそも彩田氏は、なんでそこまでしげぴょん推しになったの?」
「知らざあ言って聞かせやしょう。私としげぴょんの、運命的な出会いについて――」
その瞬間、彩田氏は先ほどまでとは打って変わって真面目な表情を作り、ゆっくりと語り始めた。これは長くなりそうだ。
「私、中学生のころさ、特に好きなこととかやりたいこともなくて、人生つまんないなあと思ってたんだよね。友達もほとんどいなかったし、家でずっとひとりで過ごしてて、ほんと何のために生きてるんだろうって、ずっと考えてたんだ。そんなとき、ふとテレビで見かけた『スパーキング娘。』が、私の世界を輝かせてくれたんだよ。特に、当時最年少で私とそんなに歳の変わらない女の子が、ステージの端っこで全力でパフォーマンスしてる姿に心打たれたっていうか……私もこんなふうに、たとえステージの端っこでも、目立たなくてもいいから、一生懸命生きてみようって思えたんだ。……それが、今やグループの中心メンバーになった、『しげぴょん』だったんだよ。つまりしげぴょんはね、色の無かった私の人生に彩りを添えてくれた、まさに神様みたいな存在なのさ」
いつにも増して真剣な眼差しで語る彩田氏の話に、私は思わず聞き入ってしまった。
「まさか、そんなに深い理由があったなんて……。一言で推しといっても、みんなそこまでの思い入れを持って、真剣に向き合ってるんだね」
ただ可愛いからとか、そんな単純な理由だと思っていたのが、なんだか申し訳なくなってくる。
仲良くなる前まで、正直私はこの二人のことをオタクっぽい趣味の変わった人たちだなあとしか思っていなかった。だけど、こういう背景を知ると、今までとはガラッと見え方が変わってくる。
これまでの私は、あまり周りの人たちのことに興味をもってこなかったけど、掘り下げていくとほかのみんなも、それぞれがいろんな背景を持ってるんだろうなあ。
「いやいや、みんながみんな彩田氏ほどの熱量があるわけじゃないからね。僕なんて、ただ『漫画とかアニメおもしろ』ってだけの理由でハマって、気づいたら今に至るって感じだし。なぜと聞かれても好きなものは好き、そこには運命的な出会いも深い理由もいらないのさ」
小浦氏のその言葉を聞いて、ちょっと安心した。彩田氏の話があまりにも胸に刺さりすぎて、私の人生が薄っぺらく感じちゃってたけど、誰もがあそこまでディープな考え方で生きてるわけじゃないよね。
私みたいな、モブキャラ人生の人だって大勢いるはずだよね、きっと。
「ちなみに、白野氏はどうなん? 牛乳推しになったきっかけとかあるん?」
「きっかけかあ……」
そういえば、何がきっかけだったかな?
それこそ、気づいたときには好きになってたような気もするけど……。
私は自分の過去を今一度思い返してみて、ふと一つの記憶にたどり着いた。
「そういえば、たぶんこれかなって思い出はあるかも。……小学校に入学したばっかりの頃の話なんだけどね、私給食を食べるのが遅くて、毎回居残りさせられてたんだ。特に、牛乳はぜんぜん飲みきれなくて、むしろあんまり好きじゃなかった気がする」
「なんと、それは意外ですな」
「でね、ある日牛乳が飲めなくて困ってる私に、声をかけてくれた友達がいたんだよ。その子は言ってくれたんだ、『牛乳をたくさん飲んでると、いつかミルクの神様が願いを叶えてくれるんだよ』ってさ。今となっては、そんなわけないって思うけど、当時の私は真に受けちゃって、それからは牛乳をちゃんと飲むようになったんだよね。……それで、気づいたらこんなに牛乳好きになってたってわけ」
「白野氏、なんだかんだ言いながら、漫画の主人公ばりに、しっかりとした過去話持ってるじゃん」
「最終回は、主人公の白野氏がミルクの神様と対峙する、胸アツ展開希望!」
そういえば、ミルクの神様なんているわけないと思ってたけど、私もう会っちゃってるんだよね。
私にミルクの神様の話をしてくれたあの子って、実はすごい子だったのでは?
たしか名前は……そうだ、キバさんだ。
当時はいつも一緒に遊んでた気がするけど、いつのまにか疎遠になってたんだよね。
ひょっとしてキバさんって、私と牛乳を引き合せるために現れた、神の使いだったりして……そう思っておこう。自分の思い出なんだから、勝手に美化したって無問題だよね。
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