7-3 サボりマスターミルク

 一度授業をサボるとクセになるようで、それまで真面目に授業を受けていたのが嘘のように、私はなし崩し的に授業に出席しなくなった。自分の中に怠惰な選択肢ができてしまうと、不思議と人はそちらに誘導されてしまうらしい。


 授業をサボって行くところといえば屋上が定番だが、それ以外にも体育館のステージ裏や、使われていない特別教室など、探してみると意外に快適な場所はそこかしこに存在した。


 私はいつも、授業が始まる前にこっそりひとりで教室を抜け出すのだが、なぜかいつもジャスミンは私の後にくっついて来た。慕ってくれるのは嬉しいんだけど、毎回サボりに付き合わせるのはなんだか申し訳なくなる。

 でも、ジャスミンが一緒にいてくれるおかげで、毎日退屈せずにサボりライフをエンジョイできるというのは、私にとってはありがたかった。


「ミルク、『サムライ少女』っていうアニメ、知ってマスか?」


 今日も、まだ一時間目の授業が行われている時間にもかかわらず、私とジャスミンはギルティな陽光が降り注ぐ屋上に、二人そろってエスケープしていた。


「あー、知ってるよ。観たことはないけどね」


 サムライ少女っていうと、たしか二次元オタクの小浦氏が好きなアニメだったはずだ。一緒にいたときに、よくその話を聞かされてはいたけど、結局私はあんまり興味を持てなかったから、実際に作品を観たことはない。


「とても面白いアニメデス! ミルクもゼッタイ観るべきデス! 笑いアリ、涙アリの名作で、ワタシは何度も観てマス」


 日本のアニメが好きなジャスミンは、目を輝かせて作品の魅力を語っていた。この感じ、前に小浦氏からアニメについて、さんざん聞かされてたときのことを思い出すなあ。


「まあ、気が向いたら観てみるよ」


 小浦氏から熱烈なプレゼンをされても興味が湧かなかったし、たぶん観ることはないだろうけど。とはいえ、幸い今の私には無限に近い暇な時間があるんだし、そのうち本当に気が向いたら、観てみてもいいかもしれない。


「サムライ……いつか会ってみたいデス。こういう古い建物のある場所に行けば、会えるんデスかね……」


 ジャスミンは、うらめしそうに眺めていた自らのスマート端末の画面を私の方にかざす。


「ああ、その場所ね」


 画面を覗き込むと、そこにはサムライ少女の登場キャラクターとともに、古めかしい建物や歴史情緒漂う町並みが映し出されていた。


「知ってるんデスか!?」


 私の言葉を聞いた瞬間、ジャスミンは、もともと大きな目をさらに見開いて、私の方にぐいっと顔を近づけてきた。急に目の前に現れた青い光のまぶしさに、私は反射的に顔を背ける。


「あっいや、私は詳しくないんだけどね。前に友達が、そのアニメの舞台になった場所に行ったことあるっぽくてさ……」


 以前オタクグループに混ざって小浦氏と仲良くしていたときに、彼女が聖地巡礼した写真を見せてもらったことがある。アニメの画像と実際に巡った聖地の写真を見せられて、何度も繰り返し説明されたから、ジャスミンの端末の画像を見ただけで、その場所のことがすぐにピンときた。


 ああでも、今回タイムトリップしている世界では、別に小浦氏とは友達になってないから、この話はあんまり深くしないほうがいいか。うっかり小浦氏の名前を出して、ジャスミンがそのことを本人に聞きに行ったら面倒だしね。


「さすがはミルク。ニンジャだけあって、すごい情報網デス」


 幸いにも、ジャスミンはそれ以上、その友達のことには触れてこなかった。

 ……っていうか、ジャスミンの中では、未だに私は素性を隠して学校に通っている忍者という設定になっているのかな。ジャスミンはいつも真っすぐな目で話をするから、日本のトンデモ知識をどこまで信じてるのか、たまに不安になるなあ。……まあ、本気で信じてるとしても、それはそれで面白いからいいか。




 そんな日々が続いていた、ある休み時間のこと。私がいつものように教室を抜け出してサボろうと席を立ったタイミングで、すかさずジャスミンが声をかけてきた。


「そろそろデスか? 今日はどこに行きマス?」


「行き先を聞くのは野暮だよ。自分の心のおもむくままに、それがサボりの真髄さ」


 クールにきめてみたけど、ただ行く場所が決まっていないだけだ。


「さすがサボりマスターミルク! これが、ワビサビというやつデスね!」


 サボりマスター……なんて不名誉な称号だろう。そして断じて、ワビサビなんかではない。まあ日本人の私も、ワビサビの何たるかなんて、まったく知らないんだけど。そんな感じで風の向くまま気の向くままに、教室を出ようとしたそのときだった。


「白野さん、もしかしてまたサボり?」


 私を呼び止めたのは、委員長の酒井さんだった。責任感が強いので、どうやら私のような問題児を放っておけないらしい。


「ちょっと外に出るだけだよ」


「そんなこと言って、戻って来ない気でしょ? もっと真面目に授業受けないと、勉強ついていけなくなるわよ?」


「大丈夫大丈夫」


 これまで何回、同じ授業を受けてきたと思ってるんだ。今さら勉強しなくてもテストだってイージーだし、なんなら秀才の酒井さんよりもいい点を取れる自信があるよ。……まあさすがに嫌味が過ぎるから、そんなことは口に出さないけど。


「あなたもよ、ジャスミン。不真面目な白野さんに、付き合うことないんだからね」


 酒井さんの中では、不真面目な私にたぶらかされている、純真無垢なジャスミンという構図なのか。それはなんか心外だ。


「心配ご無用デス。ワタシは、授業では学べないコトを、ミルクから勉強させてもらってマス」


 ジャスミン、あんたほんとにいい子だね。でも、その圧倒的リスペクトの眼差しは、私には眩しすぎるよ。彼女の真っ直ぐな瞳と向き合うことを避けるように、私は教室を後にする。振り返らなくても、背後にははっきりとジャスミンの気配を感じた。

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