7-4 ディスタンス
「ジャスミン、テストの結果どうだった?」
ところは教室。唐突に私は、今日返ってきたテストの出来をジャスミンに確認する。
「数学はBだったデス……でも、古文はなんとSデシタ!」
いったいいつから、うちの学校は欧米式の採点方法になったのか。もしかして、ジャスミンだけ特別待遇で、点数じゃなくてアルファベットでの評価になってるのかな?
少々困惑したものの、自信満々に掲げられた彼女の答案用紙を見て、ようやく私は合点がいった。
数学の答案用紙に書かれていたのは、Bではなく13。
古文の方は、Sではなく……5だった。
13点と5点か……壊滅的じゃん。念のため言っておくと、これは100点満点中の点数だ。ほかの科目の答案も見せてもらったところ、英語だけはかろうじて高得点みたいだけど、それ以外はだいたいお察しの点数だった。
ちなみに私は、自慢じゃないけど全科目90点を超えている。
でもこれは、別に頭がいいからじゃない。これまで何度も同じテストを受けてるんだから、高得点なのは当たり前だ。
もともと、下から数えた方が早かった私の学力は、今やクラスで一、二を争うレベルになっていた。
唯一私の上にいるのは、ガリ勉で不動の一位をキープしている
……私のことは別にいい。問題はジャスミンだ。
あれだけ授業をサボってれば、まあ悲惨な点数になりもするよね。
っていうか、こうなったのは、完全に私のせいじゃん。
これはさすがにまずいよ……。
そしてもっとまずいのは、ジャスミンがこの期に及んで、まったく焦っていないということだ。
「ジャスミン、これからはさすがに、もうちょっと授業に出た方が……」
「でも、ミルクもサボってマス!」
まったくもって、その通りです。
「まあ……勉強は大事だからさ」
「勉強よりも大事なコトを、ミルクは教えてくれマス!」
そんなキラキラした目で、こっちを見ないでいただきたい。
私との適当な会話から学べることなんて、何一つ将来の役に立たないんだから……。
どうやら、私が悪い影響を与えすぎて、考え方が歪んでしまっているようだ。
……しばらくは、ジャスミンと距離を置いた方がいいかもしれないな。
本だって、近づきすぎると読めなくなる。それと同じで、何事も適度なディスタンスを保つことが大切だ。この先に続く、長く険しい悪の道は、私ひとりで歩いていこう。
「ミルク、屋上行きマスか?」
まだ一時間目も始まっていないのに、ジャスミンは私を屋上に誘ってきた。いったい彼女は、何をしに学校に来ているのか。
「行かないよ」
「じゃあ、体育館デスか? それとも――」
「どこにも行かないよ。これから授業を受けるんだからね」
私は心を鬼にして、素っ気ない態度であしらった。授業なんて退屈だし、できればサボりたいところだけど、ジャスミンの将来がかかってるんだから我慢しよう。
「ナルホド、あえて授業を受けるということデスか。なんて斬新なサボりスタイル、完全に盲点デシタ。さすがはサボりマスターミルク、凡人にはたどり着けない境地デス!」
別に、一周回ってサボるより授業を受ける方が逆にかっこいい、みたいな発想になったわけではない。まあジャスミンが納得したなら、それでもいいけど。
私が真面目に授業に出席するに伴い、ジャスミンもちゃんと授業を受けるようになった。彼女の中には、ひとりでサボるという選択肢はないようで、あくまで私がサボるから一緒について来る、というだけのことらしい。
教室で過ごす時間が増えたことで、自然とジャスミンはほかのクラスメイトと話す機会も増え、どんどん友達を増やしていった。元来、彼女は誰とでもすぐに打ち解けられる明るい性格なのだ。私という枷を外せば、これぐらいやってのけるのは当然といえる。
「ミルク、一緒にお昼――」
昼休みになると、あえてジャスミンの声が聞こえないふりをして、私はそそくさと教室を出る。ジャスミンは、もっと私以外のクラスメイトと絡んで、正しい価値観を身につけるべきだ。そのためには、私はいない方がいい。……そう思っているのに。
「ミルク、探しマシタ」
私の気遣いを無下にするかのように、彼女は毎回私のもとへやって来る。
まったく、良くも悪くも鈍感な子だよ。
もう少し、こっちの気持ちも察してほしい。
どこに逃げても、ジャスミンは私を追いかけてきた。本当は嬉しいんだけど、喜んで彼女を受け入れるわけにはいかない。それじゃあダメなんだ。私はジャスミンの可能性を潰したくない。
――だから私は、絶対に見つからない場所に隠れることにした。
もう二度と戻らないと心に誓っていた、懐かしいあの空間に……。
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