11-3 親友として
「魚田さん、ちょっとジュース買ってきてよ」
それは、ある授業終わりの休み時間のこと。教室でミズキに話しかけたのは、同じクラスのソメコだった。
「えっ、今から? でも、もうすぐ休み時間終わりそうだし……」
ミズキはソメコからジュースを要求されて、困っている様子だ。
これは前に見たのと全く同じ光景だな。前は委員長だった酒井さんが上手く対処していたけど、今の委員長はこの私。つまり、ここは私の出番というわけだ。
「やめといた方がいいよ、染山さん。なんたって次の授業は、あの怖い銀城先生だからね。茶田さんもそう思うでしょ?」
「えっ……ああたしかにあの先生厳しいし、やばいかもよ、ソメコ」
「んー、まあもう時間ないし、今回はいいや。また昼休みによろしく」
近くにいたチャクラを巻き込んで、この場を上手く収めることができた。
これまで接してきたから、みんなの性格はだいたい把握してるし、このぐらい余裕だね。
授業開始のチャイムを聞きながら、私は満足げに自席へと戻っていった。
「魚田さん。もしかして、染山さんにジュース届けに行くの?」
昼休みが始まると、私は真っ先にミズキに声をかけた。
「あっ……うん、頼まれちゃったし」
「嫌なら嫌って、はっきり言った方がいいよ?」
「別にジュース買うぐらい、たいしたことないから……」
ソメコに悪気がないとはいえ、ミズキにしてみればただパシられているだけの状態だ。早めに私が間に入って、誤解を解いてあげないと。
「しょうがない、私も一緒に行くよ。ガツンと言ってあげるから、任せて」
「えっ、いやいいよそんな。白野さんに迷惑はかけられないし」
「私、こう見えて委員長なんだよ? クラスの問題を解決するのも私の役目だからさ」
私はミズキを言いくるめて、無理やり同行することにした。
「あの……染山さん、これ」
「おっ魚田さん……なんで牛乳?」
ミズキはソメコに、ジュースではなく牛乳を差し出した。もちろん私の入れ知恵だ。
「まあまあ、たまには牛乳もいいでしょ? 今回は私の奢りだからさ。ほら茶田さん、峰須さん、それに堀さんも」
私は三人にも順々に牛乳を手渡す。
「うち、牛乳そんな好きやないんやけどなあ」
トロネの信じられない発言に、私は冗談交じりで言い返した。
「そんなこと言ったら、ミルクの神様に怒られるよ。ね、堀さん」
「えっ……あ~そうかもね~」
急に話を振られたナナセは、困惑気味に反応した。きっと、私が過去のことを覚えているのかどうか、図りかねているんだろう。
今ここでその話をしてもいいんだけど、ミズキとソメコの問題を解決するのが先だ。
「それより染山さん。いくら魚田さんが好きだからって、ジュースを買いに行かせるのは良くないよ」
「は? 別にそんなんじゃねえし。それに、白野さんには関係ねえだろ?」
「関係あるよ。だって私、委員長だからね」
ほんと、委員長って便利な大義名分だよね。すると、それまで黙っていたチャクラが口を開く。
「まあ、うちの染山は素直じゃないからさ。好きな子につい、いじわるしちゃうんだよ。許してあげて」
「だから、そんなんじゃねえって言ってんだろ! ……まあ、魚田さんが嫌がってるなら、もうこういうのはやめてやるよ」
「だってさ。良かったね、魚田さん」
「うん、ありがとう」
こうして私は、ミズキとソメコのパシり問題をあっさり解決した。達成すべきミッションは、順調にクリアされつつある。
ある日私は、ミズキの様子がおかしいことに気づいた。教科書を机の上に広げていない状態で授業を受けていたからだ。
真面目なミズキでも、たまには忘れ物をすることもあるとは思う。でもひょっとしたら、誰かに隠されているのかもしれない。
「魚田さん、最近何か困ったことない?」
何日か様子をみたものの、結局私は彼女に声をかけることにした。何もなければそれでいい。でも何かあってからでは遅いから。
「ううん、別に大丈夫」
「そっか。じゃあ数学の教科書見せて」
「えっと……」
少し焦っている様子の彼女を、私はじっと見つめる。すると彼女は、観念したようにそっと引き出しからボロボロの教科書を取り出した。
「これ、どうしたの?」
「……わかんない。気づいたらこの状態で下駄箱に入ってて……」
同じだ。前に私が教科書を隠されたときと全く同じ状況。
「なるほどね。ちなみに誰にやられたのか、心当たりは?」
「ぜんぜん。たぶん誰かが気まぐれでイタズラしただけだと思うし、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。困ってるなら、私に相談していいんだよ」
このまま放置していても解決しないということを、私は知っている。それに、ひとりでこういう問題を抱えるしんどさも。
「でも、さすがに委員長だからって、何でも頼るわけにはいかないから……」
「これは委員長としてじゃなく、友達として言ってるんだよ。私は友達として、魚田さんの……ミズキの力になりたいんだよ」
私はミズキの目を見て力強く訴えかける。たとえ迷惑がられたとしても、私は友達として目の前の少女の力になりたいと思った。
「……ありがとう。じゃあ、何かあったら白野さんに相談するね」
「ミルクでいいよ、私たち友達でしょ?」
「わかったよ、ミルク」
ミズキはちょっと照れながら私の名前を呼んでくれた。こうして私たちは、再び友達になった。友情が芽生える瞬間って、何度経験してもいいもんだなあ。
「ねえ、ミルク。赤ボールペン貸してくれないかな?」
「いいよ。持ってくるの忘れたの?」
私は、念のため二本持ってきていた赤ボールペンの一本をミズキに手渡す。酒井さんの言う通り、準備しといて正解だったよ。
「うーん、ちゃんと持ってたはずなんだけど、どこかに落としちゃったのかも」
「そっかー。まあまた何か困ったことがあったら、いつでも言ってよ」
「うん。いつもごめんね」
「ぜんぜん。むしろ嬉しいんだあ、私を頼りにしてくれることがさ」
「なんかミルクは話しやすいから、つい頼っちゃうんだよね。ほら、酒井さんとかだと、気軽に相談しづらい感じがしちゃって……」
言いたいことはわかる。今でこそ私は、誰にでも気兼ねなく話しかけられるようになったけど、かつての私はミズキと似たような感じだった。
酒井さんとかは、住む世界が違う感じがして、なんか気楽に話しかけられないんだよね。
改めて思うけど、私とミズキは考え方とか価値観が似ているのかもしれない。
「私も、なんでかミズキとは話しやすいんだよねー」
「初めてミルクを見たときは、みんなの前でも堂々と自己紹介してたから、なんか遠い存在で話しかけづらいかも、って思ってたのになあ」
そうか、私はタイムトリップを繰り返すうちに自己紹介がこなれてきて、いつしか最初の頃のたどたどしさがなくなっていたのか。
タイムトリップ前と何も行動を変えていないはずなのに、初日の昼休みにミズキではなくナナセが私に声をかけてきたことがあったのは、そういう理由だったのかもしれない。
自分の名前をハキハキ名乗っただけ……たったそれだけのことで、その後の展開があんなにも大きく変わるものなんだなあ。
「全然そんなことないよ。むしろ私たち、親友になれるんじゃない?」
私は冗談交じりでそう言った。っていうか、私の中ではとっくにミズキは親友なんだけどね。
まあミズキの記憶はリセットされてるから、現状私の片思いみたいな感じだけど。
「親友か……なんか照れるね。不思議なんだけど、ミルクとはずっと前から友達だったような気がするよ」
ミズキは何気なく言っただけなのかもしれないけど、私にはその言葉がとても嬉しかった。今まで一緒に過ごしてきた時間が、すべて消えてしまったわけではない気がして、何かが報われたように感じた。
何がなんでもミズキのことを助けよう。私は親友としてそう誓った。
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