Trip6. ホットミルク
6-1 真夏の林間学校
目を開けると、目の前に牛柄の服を着た美少女の乳神様……は、いなかった。
かといって、クラスメイトが席に座って私の自己紹介を待っているわけでもない。
そもそも、ここは教室でもなかった。
見上げれば、突き抜けるほどの青空。肌に照りつける強い日差し。ここは明らかに屋外だ。
しかもこの暑さ、季節はおそらく夏だろう。
「はーい、じゃあいよいよ林間学校のメインイベント、カレー作りをしてもらいまーす!」
麦わら帽子をかぶった五十嵐先生が、私たちに向かって声を張り上げる。
改めて周りを見渡すと、お馴染みのクラスメイトたちは、数人ずつのグループに別れて固まっているようだ。
なるほど、どうやら今回のタイムトリップでは、今までのように高校スタート時点の教室には飛ばされなかったということか。
ホットミルクにして飲んだからって、何もこんな暑い夏に飛ばさなくても……。
私は自分の周りにいる、同じ班であろう人たちを横目で確認する。
メンバーは、ギャルのダチりんこと安達さん、二次元オタクの小浦氏、イケてるグループでおっとりした性格の堀さん、金髪碧眼美少女のジャスミン、そしてミズキと私を入れた六人のようだ。
今まで絡んできた人も多いから、意外と上手くやれそうな気がして、ちょっとだけ安堵する。
ただ、それとはまったく別の問題もあった。
――それは、私たちの高校には本来、林間学校なんてイベントは存在しないということだ。
つまりここは、私がタイムトリップを始める前とは違う世界ということになる。
私はおもむろに自分の体を確かめる。筋肉がぜんぜんついていないし、手の皮も柔らかい……ということは、こないだバレー部で鍛えた世界とは違うようだ。
そして、横にいるダチりんがゴリゴリのギャル姿なのに対して、私の顔にはギャルメイクが施されていないということから、ダチりんやレイちゃむと一緒に過ごした世界とも違う。
ミズキや小浦氏のよそよそしい雰囲気から察するに、この二人とも仲良くなっていない世界だと思われた。
「最低限必要な食材は各班のテーブルの上に置いてあるけど、もし足りない材料とか調味料があったら取りに来てね」
五十嵐先生の声で、私は再び現実に引き戻される。
ちょっと頭が混乱したけど、とりあえず今は目の前のカレー作りを楽しむとしよう。
難しいことは、後から考えればいいよね。
「ちなみに、最後にみんなが作ったカレーを審査員に食べ比べてもらいます。一番美味しいカレーを作った班にはご褒美があるから、頑張ってね。それじゃあ、どきどきカレー作り、スタート!」
先生の元気のいい合図で、私たちは班のテーブルを囲むような形で向かい合った。
「……そんで、これ誰が仕切る感じ?」
しばしの沈黙に耐えられなくなったダチりんが、口火を切る。
たしかに、この中でリーダーシップを発揮しそうなタイプは誰かと問われると、絶妙にみんなそういう感じではない。
「こういうのは、最初に言い出した人が仕切るんだよ~」
「いや、あーしそういうの無理だし!」
堀さんは、流れでダチりんにリーダーの役割を押し付けようとした。可愛らしい見た目に似合わず、けっこうしたたかな立ち回りだ。
「とりま、カレー係とご飯係に分かれて進める感じでいいっしょ? あーしは料理できないから、ご飯係ってことで」
なんだかんだ言いながら、ちゃんと仕切ってくれるダチりん。
前に仲良くなったからわかるけど、根が真面目で一生懸命なんだよね。
……あっ、よく見たら今日はネイルしてないんだ。あれ絶対、カレー作りをちゃんとやる気だからだよね。
――私はダチりんのそういうところが好きだ。
「じゃあ、わたしカレーの方やるよ。こう見えて、料理得意だからさ~」
堀さんは、カレー係に立候補した。たしか料理部だったはずだから、料理の腕はけっこう期待できそうだ。
「ワタシ、お米やりたいデス! ジャパニーズ文化のお米、興味ありマス!」
続けて、金髪碧眼美少女のジャスミンが手を挙げる。この子とは、これまでほんとに絡んだことがないから、いまいちキャラがわからないんだよね。
「そんで、あとの三人はどうしたい?」
ここまで一言も発していなかった私と小浦氏とミズキに向かって、ダチりんが話を振ってくれた。
「あの……僕は料理あんまりなので、カレー係は避けた方が良いかと」
小浦氏は、小さめの声で主張した。自分の好きなものの話以外では、消極的になるのは相変わらずだ。
「んじゃ、小浦さんはご飯係よろ。ってことで、白野さんと魚田さんは、カレーの方でいいっしょ?」
「あっうん、私はそれで大丈夫」
「私も」
ダチりんのスムーズな仕切りで、堀さんとミズキと私がカレー係、残りのメンバーはご飯係に決まった。
……ほんとは私も、料理なんてぜんぜんできないんだけど、決まってしまったからにはやるしかなさそうだ。
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