2-4 友達として
「やっぱりさ、このままだと良くないよ。いずれもっと、面倒なことを頼まれるかもだし……。エスカレートしないうちに、嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいんじゃない?」
後日、私は再び魚田さんに、パシリの件について切り出す。
やはりこのまま、魚田さんが染山さんたちにジュースを届ける姿を、離れたところから見守っているだけというわけにはいかない。
「……そうだよね。それに、このままだと付き合ってもらう白野さんにも、迷惑がかかっちゃうもんね。……わかった、今度染山さんに何か頼まれたら、きっぱり断るよ」
「うん、その方がいいよ。私も一緒に言ってあげるし」
「ありがとう」
これでいいはずだ。たぶん上手くいく。染山さんたちも、根は悪い人じゃなさそうだし、ちゃんとお願いすれば、きっとわかってくれるはずだ。
そして翌日の昼休み、そのときはやってきた。
「魚田さん、またジュース買ってきてくんない?」
例によって、染山さんが魚田さんにジュースを要求したのだ。
「あの……もうこういうのは、やめてもらえないかな?」
魚田さんはこれまでとは違い、染山さんに向かって、少し強めの口調で言い放った。
「えっ? なになに、急にどしたの?」
そのただならぬ様子を感じたのか、イケてる女子グループのほか三人も、魚田さんのもとに続々と集まってくる。
「いや、あの……」
四人のクラスメイトに取り囲まれるような形となり、魚田さんはすっかりたじろいでしまっていた。
ここは、私が助けに行かないと。
こういうときに駆けつけないで、何が友達だ。
――勇気を出せ、白野ミルク!
「……ごめん、ちょっといいかな?」
私は意を決して、染山さんたちの輪の中に飛び込んだ。
「あれ、白野さんじゃん。なんか用?」
「その……魚田さんが困ってるみたいだったから……。もうこういうのは、やめた方がいいんじゃないかなー……なんて」
「まあ、白野さんには関係ないことじゃん?」
軽くあしらうような染山さんの言葉に、私は一瞬ひるんでしまった。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「……関係なくないよ。だって……魚田さんは、その……友達だから……」
私は精一杯、自分の想いを言葉にする。「友達だから」なんていう青くさい言葉を自分が口にする日が来るなんて、思ってもみなかった。
言った後でなんだか急に恥ずかしくなって、私は誰とも目を合わせられず、うつむいていた。
しばしの微妙な空気の中、その沈黙を破ったのは、峰須さんだった。
「まあ、白野さんの言う通り、強引に頼むのは良くないやんな」
すると、堀さんも同調するように続ける。
「そうだね、こういうのは良くないよね~」
そして、残りの茶田さんと染山さんも、口々に言葉を発した。
「いやー、まさかそこまで嫌がってるとは思わなかったからさ。魚田さん、ごめんねー。……ほらソメコも」
「……悪かったよ、もうこういうのはやめるから」
意外なことに、四人とも拍子抜けするほどあっさりと謝ってくれた。やはり、根はいい人たちなのかもしれない。
「じゃあ、次からは魚田さんじゃなくて、白野さんにジュース買ってきてもらおっかな~」
「おっ、それええな」
「もちろん、白野さんの奢りでー」
一件落着したと思ったら、なぜか四人の矛先が自分の方に向けられ始めて、私は困惑した。こういうイケ女たちの会話のノリは、どう対応していいのかよくわからない。
「いや、それはちょっと……」
「うそうそ、冗談やって」
「白野さんに任せると、牛乳ばっかり買ってきそうだからね~」
なにはともあれ、とりあえずこれで万事解決。私と魚田さんの高校生活は、もう心配ないはずだ。
……最後の四人のセリフは、本当に冗談であることを信じたい。
それ以降、染山さんを始めとした女子グループのメンバーから、魚田さんが何かを頼まれることはなくなった。
「ミルクさー、今日も牛乳飲んでるの? やっぱり、名前が『ミルク』だから、キャラ守ってる感じ?」
「別に、キャラ作りとかじゃないし。そういうミズキは、いつもミネラルウォーターって、味気なくない?」
「こういうシンプルな味の方が、食事に合うんだからね。まあ、牛乳バカのミルクにはわかんないか」
「ひどいなあ……」
私たち二人は、今日も一緒にお昼を食べている。あの出来事があってしばらく経ち、気づけばお互い名前で呼び合う仲になっていた。
相変わらず、クラスにはミズキぐらいしか仲のいい友達はいないけど、それでも十分だ。こんなふうに、たったひとりでも他愛のないやりとりができる相手がいる、それだけでも以前のひとりぼっちだったときと比べれば恵まれているんだから。
このささやかだけど平和な高校生活が、ずっと続けばいいのに。
……私は心からそう願っていた。
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