3-5 ギャルの逆襲

 ギャルになって以降、クラスメイトが私たちを見る目は変わったように思う。それは見た目が派手になったからというだけでなく、それと同時に私たちの振る舞いも明るくなったからだろう。


 そういえば、かつての私もギャルのダチりんとレイちゃむのことを、同じような目で見ていたなあ。

 それが今じゃ、私もこっち側なんだもんなあ。

 これが、イケてるグループのスクールライフなんだなあ……。

 私はひとり、感慨深い気持ちになっていた。


 これまでは、放課後にダチりんの家に集まってメイクの練習をしていたが、学校にメイクをして行くようになってからは、そのまま街に繰り出すことが多くなった。


「今日はどこ行く?」


「うーん……あっそうだ、最近流行りの『カラフルーティー』行ってみない?」


「それあり!」


「あり寄りのあり! ありをりはべりいまそがり!」


 レイちゃむの提案に、ダチりんと私は二つ返事で乗っかる。

 『カラフルーティー』とは、カラフルなフルーツジュースを取り揃えている、今若者に大人気のジューススタンドだ。人気の理由は、写真映えするそのカラフルな見た目。この店のフルーツジュースを飲んでいることが、私たち高校生の間では一種のステータスのようになっている。

 かつての私たちであれば、こんなオシャレな店に入るなんて敷居が高すぎて気が引けただろう。でも、今の私たちなら胸を張って入店することができそうだ。




 カラフルーティーは、繁華街の中心にどんと店を構えており、その周辺には他校のイケてる若者たちが群がっていた。


「じゃあ、入ろっか」


 店の前で少し緊張気味に立ち止まった私とは対照的に、ダチりんとレイちゃむはズンズンと進んでいく。私も二人に引っ張られるように、続いて入店した。


 ついにこんなオシャレなお店に友達と来れるようになるなんて、なんか感慨深いなあ。

 これまでの自分では息苦しかったであろうきらびやかな銀河の中だって、ギャルメイクという名の宇宙服があればへっちゃらだ。


 とりあえずドリンクの注文をしようとレジの方に向かうと、先客の女子二人組が四苦八苦しながら店員のお姉さんとやりとりしている様子が目に入った。どうやら、こういうオシャレな店の難解な注文方法には不慣れなのか、かなり時間がかかっているようだ。


 三人でその後ろに並ぼうと近づいたとき、私は彼女たちの横顔を見てふと気づいた。一度しか見たことはないけど、その顔は強烈に記憶に残っている。それは、いつの日か商店街のアクセサリーショップでダチりんとレイちゃむに絡んできた、あのキャピ子たちだった。


「……ダチりん、あれ」


「うん。……ミルたん、ちょい待ってて」


 どうやら、二人もキャピ子たちに気づいたようで、私を置いてグイグイとレジの方に向かって行った。

 二人ともどうする気だろう? と、私が一歩下がって見守っていると、まずはダチりんが先制パンチを放つ。


「あのー、後ろがつかえてるんで、早くしてもらえませんかー?」


「あっすみません、慣れてないもので……」


 キャピ子たちはおどおどしながら、こちらに謝っている。どうやら、目の前のギャルがダチりんとレイちゃむだとは気づいていないようだ。

 そしてレイちゃむも、たじろいでいるキャピ子たちに畳みかける。


「まあまあ、こんなオシャレな店は、こういう地味な人たちには似合わないんだから、しょうがないっしょ」


「あーそっかー、地味な子が精いっぱい背伸びして来てるんだから、優しく見守ってあげなきゃだよねー」


 ダチりんとレイちゃむは、心底バカにしたような態度で話し続けていた。


「……もう行こ」


 そんな空気に居心地が悪くなったキャピ子たちは、逃げるように店の出口の方へと向かう。そんな二人の後ろ姿に、レイちゃむがとどめの一撃を放った。


「地味扱いされる気分はどう? ……イモ子さんにモサ子さん?」


「えっ……もしかしてあなたたち」


 ここでようやく、二人がかつて同じ中学だった、安達さんと有来さんだということに気づいたようだったが、あまりにも変わった風貌に理解が追い付かず、戸惑っているようだった。

 結局そのまま次の言葉を発することなく、キャピ子たちは無言で街の方へと消えていった。


「……ちょっとやりすぎだったかな?」


「まあ、これまでにあーしたちが受けた仕打ちを考えれば、可愛いもんっしょ」


「そだね。ミルたん、なんか巻き込んでごめんね」


「いやぜんぜん。むしろ、あーしもスカッとしたし。問題ないない、ナイル川だよ!」


 周りの人からすると、店先で客同士が揉めてるのなんて、迷惑以外の何物でもないし、こっちが一方的に難癖をつけてるようにしか見えなかったかもしれない。

 私も中学校時代の彼女たちの関係性をすべて知ってるわけじゃないし、あそこまでやるのが妥当だったのか判断できる立場にはない。

 ただ、今の二人のやり切った満足げな表情を見て、少なくとも私は、友達としてこれで良かったんだと思うことにした。




「今日も、カラフルーティー寄ってかない?」


 始めて訪れたあの日以降も、私たちギャル三人組は何度となくカラフルーティーに足を運んでいた。

 ちなみに、あれ以来キャピ子たちを店で見かけてはいない。まあ、あんなことがあったんだから、しばらく彼女たちの足が遠のくのは当然だろう。


「もち行くしかないっしょ、ミルたんもいいよね?」


「いいじゃんいいじゃん、ジャンヌダルク!」


 私にとって、学校帰りに三人で遊ぶ時間は、純粋に楽しかった。カラフルーティーで過ごすキラキラした時間も嫌いじゃない。でも、ギャルであるがゆえの悩みもないわけではなかった。


 ひとつは、カラフルーティーで飲むオシャレなジュースは値が張るので、毎日のように買うのは高校生のお財布事情的には辛いということ。しかし、私にとってそれ以上に辛いことがある。

 それは、満足に牛乳が飲めなくなったということだ。


 今日も、ジューススタンドの横のカフェで販売しているミルクを買うことができない。ギャルにとって、牛乳は地味でダサい飲み物だからだ。

 誤解してはいけない、私自身は牛乳の白さはすばらしいと思っている。あくまでもギャルとして考えると、やはりカラフルで派手なフルーツジュースの見た目には劣るという話だ。ギャルというキャラクターを守るためには、私はみんなの前で堂々と牛乳を飲むことはできない。

 こんなに近くにあるのに手に入れられないなんて、世界はなんて残酷なんだ。


 放課後だけでなく、学校の昼休みでもそうだ。前までは何があっても牛乳一択だったが、教室でギャルの私が牛乳を飲むわけにはいかない。今では、毎日別の飲み物を飲んでいる。たまにミルクティーとかは飲むけど、やっぱり純粋な牛乳の味には敵わない。


 じゃあ人目がないタイミングで、ひとりでこっそり牛乳を買って飲めばいいと思うかもしれないが、そんなにお金に余裕はない。ギャルでいるためには、想像以上にお金がかかるのだ。

 でも、これは仕方ないことなんだ。充実した高校生活に、犠牲はつきものなんだから……。

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