第56話

「なになに?盛り上がっているみたいだけど、どうしたの?」


 顔を上げて声の主を視界に入れると、そこにいたのは三原だった。


「三原…」


「うん。やっほー、辻村くん、戸塚くん。なんだか大きな声出してて気になったからこっち来ちゃった」


 そう言って楽しそうな顔をしながら僕らの席に近づいてくる三原に、思わず顔をしかめてしまう。


「なんだっていいだろ。ただ戸塚がひとりで勝手に盛り上がっていただけだよ」


「ちょっ、辻村。お前それはひどくないか!」


 戸塚が慌ててこっちを見るが、生憎僕は間違ったことは言ってない。

 ろくに返事もしてないのに、戸塚がひとりで計画を進めてテンションを上げていたのは事実だ。

 その結果、呼んでもいない人物を引き寄せてしまったわけだから、塩対応になるのも当然のことと言えるだろう。


(…別に、三原に言われたことがきっかけだったとか、そういうわけじゃないけどさ)


 友達と言えるかはまだわからないけど、少なくとも知り合い言える誰かと喋ってる今の自分の姿を、三原に面と向かって見られるのが何故か照れくさかったのだ。

 そんな微妙な男心に当の三原は気付いていないようで、適当な愛想笑いを浮かべながら、自分の席に腰掛けた。


「あはは。そうなんだ。まぁそういうことってあるよね。私もよくやっちゃうからわかるよー。ひとりで喋りすぎってよく言われるんだ」


 どうやらこのまま僕らの会話に混ざるつもりらしく、明るい声で戸塚に話しかけている。

 コミュ力の高い三原はその能力を活かしてあちこちのグループに顔を覗かせているようだったが、未だ特別決まったグループに属しているわけではないらしく、時折こうして休み時間に話しかけてくることがままあった。

 もしかしたら気遣われているのかもしれなかったが、直接彼女に聞こうとは思わなかった。


「あー、そういう時ってあるよな。こう、テンション上がっちゃってさ。ついつい突っ走っちゃうんだよ」


「そうそう。それでお前の話長いって怒られちゃったりさー。悪い癖なんだろうけどなかなかねー。自分じゃ治せないっていうか、ぶっちゃけ無理って感じ?」


「わかるわかる!俺もそうだもん!いやー、俺達って気が合うかもなぁ!」


 なにやら意気投合したのか、戸塚と三原はふたりで盛り上がっているようだ。

 というか、女子に話しかけられてテンションが上がったのか、戸塚が一方的にはしゃいでるように見える。

 おかげで僕は完全に置き去りになっていたりするが、気に留められてるかは怪しいところだ。

 邪魔をするつもりはないけれど、それ以前の問題を僕という人間は抱えていた。


(三人以上での会話って、入るタイミングわかんないんだよな…)


そう、会話に混ざるタイミングがわからないという、コミュ力のあまりの低さである。

 話しかけられれば自然に混ざれるんだろうけど、自分からはどうにもいきにくい。

 さらに致命的なのはそのことを嘆くより先に、これはこれで楽だと思ってしまう自分がいることだ。

 一人でいる時間が長かったからなのか、誰かと話すよりその場にいることのほうに気楽さを感じてしまう。


(ふたりの会話を眺めているだけで休み時間を潰せるなら、それはそれで悪くないんじゃないかって、どうしても思っちゃうんだよな…)


 この思考は、一種の逃げなんだろうか…いや、ここはプラスに考えよう。

 輪の中にはいるから、ハブられてるわけじゃない。

 まだこういう状況に慣れてないだけ。少なくとも今までよりは、間違いなくマシな状態ではあるはずだ。


(そうだ、少しづつでいい。少しづつ、美織に対抗できるようになれば…)


 きっといつか、打開できる手段だって見つかるはず…そんなことを考えていると、


「あの、辻村くん。ちょっといいかな」


 不意にチョイチョイと肩をつつかれた。


「うわっ」


「あ、ごめんね。びっくりさせちゃった?」


 予想外のことに思わずビクリと反応してしまうと、謝る声が聞こえてくる。

 咄嗟にそちらを向くのだが、そこにいたのはひとりのクラスメイトだった。


「い、いや。大丈夫、だけど…」


「そう?あのね、鈴鹿ちゃんが話をしようって。私も呼ばれてきたんだけど、前の席に座っていいかな」


「あ、うん。それも大丈夫だと思う…」


 確か名前は、松下だったか。僕自身は彼女と話した記憶はないけど、三原がクラスでちょくちょく話している姿は見かけていたのでその関係なんだろう。

 いつの間に彼女を呼んでいたかは定かじゃないけど、会話に一段落でもついたのか、今はふたり揃って僕らの様子を眺めているのが見て取れる。


「ありがとう。それじゃあ、お邪魔します」


 松下はどうやら丁寧な物腰をした子らしく、お礼を言いながら席に腰掛ける。

 その姿に少し好感を持ったのだが、「あ、そうだ」と呟くと、彼女は今度は別の場所に視線を向けて、手招きしながらこう言った。


「ねぇ、憂歌ちゃんもこっちに来てお話しない?なんだか面白い話をするらしいよ」


 瞬間、僕の背中に嫌な汗が流れた。

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