第15話

 変わることは怖いことだと、私はずっと思っていた。








「すごく可愛いと思う」




 彼からその言葉を聞けて、私はとても嬉しかった。




「ほんと?良かった…」




 安心して、思わず胸をなで下ろしてしまうくらいには。


 最近、避けられているように思っていたから、すごく心配だったんだ。


 一言褒めてもらえただけでも、おめかししてきた甲斐があったと思う。




「今日はちょっと頑張ってみたんだ。たまにはこういうのもいいかなって。そう言って貰えて、すごく嬉しいな」




 それでも、もっと褒めてもらいたいと思ってしまうのは、少しワガママなのかもしれない。


 アピールってわけじゃないけど、私なりに頑張ったことを、彼に知ってもらいたかった。




(気付いて欲しいってわけじゃないんだけど…)




 今の状況は、私にとっても結構なストレスになっている。


 あのテレビ番組への出演が、私を取り巻く環境を全て変えてしまっていた。












 あの日のことは、今でもよく覚えている。


 夜にご飯を食べていると、叔母さんが家にきて、応募したテレビ番組への出演が決まったと、一気にまくし立ててきたこと。


 それだけならすごいですねと流せたのに、よりによって叔母さん本人ではなく、私のことを勝手に応募していたこと。


 強引に説得され、両親にまで別にいいじゃないと言われ、逃げ場を失って困ったことも、全部ハッキリと覚えてる。




 断ることは出来なかった。


 私は元々、気の強いほうじゃないし、押しに弱いことも自覚している。


 叔母さんだって悪気があったわけではないと思うし、記念に一度くらいならと、つい妥協して頷いてしまったのは私自身。




 最後に決めたのは、間違いなく私なのだ。


 嬉しそうに予定について話し合う両親たちを見て、仕方ないかなって思ったのは、変えようのない事実だった。




 もちろん、すぐにコウくんにも相談はした。


 彼がいい顔をしないのはわかってたし、事実もう出ることは確定事項だったから、事後承諾みたいな形になってしまったのは、素直に申し訳ないなと思う。




 それでも「頑張って」と言ってもらえたのは、素直に嬉しかった。


 ぶっきらぼうに目を反らしてのものだったけど、彼に認めてもらえたのは、私にとってとても大きな意味を持っていたから。






 私はコウくんのことが好きだった。


 小さい頃から、私のそばにいてくれたのは彼だけだった。


 ふたりでなにをするのも一緒で、趣味も合う。


 一緒にいても苦痛じゃなくて、むしろ穏やかな気持ちになれる人。




 だから好きになるのは当たり前のことで、コウくんも私と同じ気持ちであったことが、私にとってなにより嬉しいことだったんだ。






 ……だけど最近、それがずれ始めてきているように思う。






 きっかけは多分、あれしかない。


 テレビに出演するだけなら、きっと話題にもならないで終わったはずだったのだから。




「美織ちゃん、貴女いつも地味な服装してるでしょ」




 このことも、よく覚えてる。


 番組収録の前日、家にきた叔母さんが大きなトランクを抱えて家まできたんだ。


 鳴らされたチャイムに釣られて応対に出た私を、あの人は満面の笑みで出迎えた。


 今思うと、この時点で私の負けは決まっていたのかもしれない。




「はぁ…そうかもですけど…」




「明日もいつも通りのつもりなの?」




「え、まぁ…他に服もありませんし…」




「ダメよそれは!やっぱり来て正解だったわね」




 玄関先での会話は、終始押されっぱなしだった。


 一応私のほうに決定権はあるはずなのに、グイグイくる叔母さんの圧力が強すぎて、うまく言葉を返せない。


 受身一方だからますます調子に乗られるし、本当に厄介だ。


 やっぱり私は押しに弱いとつくづく思う。




「せっかく素材がいいんだからもったいないわ!私がうんと可愛くしてあげるから、それで出なさいな」




「いや、私は…」




 それでも、断ろうとはしたんだ。


 目立つことは好きじゃないし、いくら着飾ったところで私なんかじゃ…


 そう思っていたのだけれど、




「美織ちゃんの可愛くなった姿を見たら、きっと彼氏くんだって喜ぶわよ」




 次の叔母さんの一言で、私の心は揺らいでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る