第16話
誰にも言ったことがないけれど、私には密かにあるコンプレックスがあった。
それは人によっては笑い飛ばせるくらいの些細な悩みかもしれない。
だけど、私にとっては時たま少し思い悩むことがあるくらいの、それなりに大きな割合を占めている。
切っても切り離せない、生まれたときから定められた、私が私であることの証。
美坂美織。
四文字の漢字で組み合わされた自分の苗字と名前に、私は言葉では言い表せない後ろめたさを感じていた。
両親のことは好きだし、尊敬もしている。
恨んでもいなかった。きっと私と同じ名前の人は、全国にたくさんいるはずだ。
取り立てて珍しい名前でもないと思う。
だけど、時々言いたくなることはあるんだ。
なんでこんな名前をつけたの?って、疑問をぶつけてみたかった。
正直に言って、名前負けしているなって、ずっと前から思ってたから。
美しいなんて意味を持った漢字が二回も入った自分の名前。
それに見合った容姿をしているなんて、とても思うことはできなかった。
大きなメガネに三つ編み姿。
それが小学校からずっと変わらない、慣れきった自分の顔だ。
服にも気を遣ったことは特にない。清潔感があれば問題ないと思ってた。
もちろんコウくんと遊ぶときはちゃんとしたものを選んでいるつもりだけど、それでも自分の好きなファッションで出かけるなら、どうしても落ち着いたものになってしまう。
颯爽と胸を張って歩けるような、自信のある女の子では決してなかった。
要は私という人間は、根っこから地味なのだ。
スポットライトを浴びたり、注目されるようなこととは無縁の地味子。
それが美坂美織。どこにでもいるかもしれないけれど、普通より劣っている女の子。
ただ、名前以外は今の自分に不満はなかった。
別に目立ちたいわけじゃなかったし、私にはコウくんがいる。
彼さえいてくれるなら、私はそれでよかったんだ。
誰からも注目されなくても、隣で私の手を握ってくれる人がいてくれたら、私はそれだけで満足だった。
……そう、思っていたのに
「そう、でしょうか」
気付けば私は、そんなことを呟いていた。
「ええ、もちろんよ!男の子はね、好きな子には綺麗でいて欲しいと思うものなのよ!」
聞き流してくれてもよかったのに、叔母さんは目ざとかった。
いや、この場合は耳ざといというべきなのかも…ううん、この際どっちでもいいか。
どのみち聞かれてしまったことに変わりはないんだ。
この時点で、私にもう逃げ場はない。
…ううん、正直にいえば、逃げるつもりはなかったんだと思う。
(少しでも綺麗になれるなら、コウくん喜ぶよね)
少なくとも、幻滅されることはないと思う。
私はただ、コウくんの彼女として、彼に少しでもいいところを見せたかったんだ。
自分にも女の子の意地があったなんて、この時まで知らなかったけど、不思議と悪い気はしなかった。
「そう、なんですか」
「そうよ、そうに決まってるもの!」
興奮してまくし立ててくる叔母さん。
夜なのに元気だなぁなんて、心の片隅で思ったりもしたけれど、どうやら元気なのは言葉だけじゃないらしかった。
「ほら、早速着替えましょ!大丈夫、叔母さんに全部任せてくれればいいからね!」
「あっ…」
ずかずかと家の中に乗り込んできた叔母さんに手を掴まれると、私はあっという間に引っ張りこまれる。
「あの、これから一応明日の予習を…」
「大丈夫大丈夫!美織ちゃんは頭がいいから、なんとかなるわよ!」
…なんの根拠があって言ってるんだろう。
本人に自信がないのに、叔母さんの自信がどこから湧いてくるのか、私にはさっぱりわからない。
「私、ずっともったいないと思ってたのよね。貴女は間違いなく磨けば光るタイプなのに、磨こうとしないんだもの。叔母さんヤキモキしてたんだけど、せっかくの機会だわ。色んな人に貴女を見てもらうチャンスだもの!」
叔母さんは鼻息を荒くしてるけど、別に他の人のことはどうでもいい。
(私が綺麗だと思って欲しいのは…)
たったひとりだけ。
あの人に綺麗だと思ってもらえたら、私は、私達は…
「きっと、これからも一緒にいられるよね」
もっと好きになってもらえたなら、一緒に歩いていけるはずだから。
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